ドイツ人にとってのアルザス地方

フランスの怪異村を後にして、ようやく辿り着いたアルザス地方、見慣れた景色にほっとしました。何がほっとするかって、アルザスの風景はもう、殆どドイツだからです。「ドイツ国境はすぐそこ」だということを実感します。

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これはアルザス地方のリボーヴィレという街の市庁舎ですが、バルコニーのフランス国旗がなければ西南ドイツの街だと言われてもわかりません。

アルザスにはこれまで何度も来ていて、こちらのブログにも2014年のアルザス旅行の記事があります。「フランス旅行」カテゴリの中にあると思います。そちらでも触れましたが、アルザスは元々現在のドイツに当たる神聖ローマ帝国領として発展してきた地域ですが、17世紀頃にフランスが勢力を拡大、18世紀には完全にフランスの支配下とされます。ところが1871年に、同年にドイツ統一を成し遂げるプロイセンがフランスを破ると、再びアルザスはドイツ領となります。その後、二度の世界大戦で、フランスに支配されたり、ドイツに奪い返されたり…最終的には1944年のドイツ軍の敗走によりフランス領となって現在に至ります。

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上の写真は2014年の旅行記でも紹介したコルマール。怪異村から走り続けることほぼ一晩、最初に辿り着いたアルザスの街です。写真ではわかりにくいかもしれませんが、クリスは偶然にもトミー・ヒルフィガーのドイツ国旗の付いたポロシャツを着ています。アルザスではちょっと挑発的だったかもしれませんw

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こちらも2014年に訪れているリクヴィール。今回も寄ってみました。

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ボーイスカウトがなんだか絵になってますね。

コルマールやリクヴィールといったアルザスの小さな街や村は、日本でも「ハウルの動く城」の舞台と言われるほど、可愛らしく、メルヘンチックな美しい街並みが有名です。特にこのリクヴィールはフランスで最も美しい村とも言われています。
日本から観光に来れば、きっと感動すること間違いなし!…なのですが、クリスはいつ来てもなんだか複雑な気分になるようです。

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例えばこの木組みの家々、リクヴィールの街並みですが、日本人が京都の町屋を見て「典型的な日本家屋だ」と思うようにクリスはこれを見て「典型的なドイツの家だ」と思うようです。

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また、リクヴィールの街で観光客向けに売られているハート型のこの食べ物、ブレッツェルという南ドイツのパンです。日本人がたこ焼きを見て「典型的な日本の食べ物だ」と思ったり大阪を思い浮かべたりするように、クリスはこれを見て「典型的なドイツの食べ物だ」と思ったりバイエルンを思い浮かべたりするようです。

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この真ん中のステム(脚)の部分が緑色になっているグラスを見たクリスが唖然としていましたが、これはドイツではライン地方特有のワイングラスとして知られています。わたしが「アルザス特産品て書いてあるよ!」と言うと、「なんだって!?パクリだろ、パクリ!これはドイツのものだ!」とクリス。

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極め付けがこれ。「WINSTUBってなんだよ!?WEINSTUBE(ワイン処)だろ!!」とクリス。これは例えていうなら日本人が海外で「Geisha Bar」という看板を見て「インチキだろ!」と思う感覚に近いかもしれません。

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こうしたブドウ畑なんかも典型的なアルザスの風景なんでしょうが、これもそのままドイツのライン地方の風景だと言われてもわかりません。道端にはあちこちに「Riesling」という看板が出ていますが、Rieslingとはドイツの代表的なワイン品種です。「で、ここでとれたRieslingを“フランスワイン”と銘打って売ってるんだろ、詐欺だろ、詐欺!」とクリス。

こうしたことは、この地域がかつてドイツ語圏に属していたことを如実に物語っています。わたしは純粋に興味深いと思うのですが、隣を歩いているクリスを見ると何やら機嫌を損ねているようなので「可愛い街じゃない!素直に楽しめばいいじゃない。」と言うと、「あのね、例えば韓国の有名観光地に行ってみたら、素敵だって評判の街並みは全部日本家屋で歴史的建造物は全部日本の伝統的建築様式そのもの、“特産品”とか言って売られているものは全て日本の伝統工芸品、おまけにハングルで“SAKE”と書かれた日本酒が“韓国酒の一種”として売られている、そういう光景を思い浮かべてみてよ。その街を築いたのも、産業を築いたのも、暮らしていたのも、明らかに日本人なのに、現在そこに住んでいる人間は残らず韓国語を話していて、君が日本語で話していると不愉快そうにジローっと見てくる、日本人が築いた街で日本食と日本酒と日本の伝統工芸品を“韓国特産”だと言って観光客に売りつけて、現在の住人である韓国人が金儲けしている、そんな街があったらどう思う?素直に“素敵な街!”なんて思える?」とクリス。

…なるほど。。日本人の北方領土に対する気持ちに近いような感情ですね。
勿論これはクリスの個人的な感情ですので全てのドイツ人がこう思っているというわけでは決してないでしょうが、クリスもわたしとアルザスを訪れるのはこれで三回目か四回目ですが、こうした感情を吐露したのは初めてです。これは妻であるわたしにだけ打ち明けるような、秘められた心の奥底の深い感情なのだと思います。

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不貞腐れ気味のクリスを説得し、まだ行ったことのなかったアルザスの街、リボーヴィレを訪れてみました。

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本当にドイツの街にそっくりですね。

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フランクフルトにもこんな一角がありますね。

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アルザス地方と言うと、日本でもフランス人作家アルフォンス・ドーテの祖国愛短編小説「最後の授業」が公立学校の歴史の授業で取り上げられたりなどして「ドイツに侵略・占領され、奪われてしまったが、第二次世界大戦の勝利によってフランスに取り戻され、ハッピーエンドを迎えたフランスの一地方」というイメージが強いかと思います。

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確かに中心都市のストラスブールはフランス的なきらびやかさのある街ですが、リクヴィール、コルマール、そしてこのリボーヴィレのような小都市や村などは、ドイツ文化の影響が非常に色濃く残っていて、まさにこの記事の一枚目の写真が象徴するように「ドイツの地方小都市にフランスの国旗を取り付けた」感がしなくもないです。

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家々の表札を見てもドイツ系の名前ばかりだし、地元の人たちの顔つきも、クリスに言わせれば「フランス語をしゃべっているだけで全くのドイツ人」です。上述のドーテの小説は、プロイセンに支配されることになったアルザスの小学校で、フランス語の授業を禁じられたフランス語の先生が、最後の授業で黒板にフランス語で「フランス万歳!」と書いて授業を締めくくるという感動のストーリーですが、クリスは直感的に「ここに住んでいたドイツ人に“今日からお前たちはフランス人だからフランス語を話せ!”と言って洗脳したんだろ」なんて言っていました。ドーテが聞いたら怒りのあまり卒倒しそうです。

でも、肝心のアルザスの人々はどう思っているのでしょうか。

クリスが「ドイツ語の劣化版」のように感じた「WINSTUB」は実はアルザス語というこの地方独特の言語です。これはフランス語とは全く違う言語で、言語学的には南ドイツ語の方言であるアレマン語に属する低地アレマン語の一枝葉となります。つまり平たく言えばドイツ語の一種ということになりますが、クリスが「インチキドイツ語」と感じてしまうほど、ドイツ語であってドイツ語でない、つまり標準ドイツ語とは一線を画す独自の言語と言った方がいいかもしれません。

このアルザス語が象徴するように、アルザスの文化は独仏の融合のようにみえて、本質的にはフランス文化ともドイツ文化とも一線を画す、独自の文化なのではないでしょうか。ドイツ人のクリスが「これはドイツのものだ!」としか思えないようなアルザスの風物は、この地域が文化的にはドイツ語圏に属していることを物語っていますが、ワイングラスに「アルザス特産品」とわざわざ書くほど、彼らはドイツ語圏とは一線を画そうとしているし、また、ワイン品種をcépageとフランス語で呼ばずにRieslingとわざわざ呼ぶほどフランス語圏とも一線を画そうとしているようにも見受けられます。そして、わたしが現在のアルザスの人々と接していて感じるのは、「我々はドイツ人でもフランス人でもなくアルザス人だ」というような意識です。

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この可愛らしい建物はホテルのようです。
ドイツ人もフランス人も、この地域に関しては今でも複雑な気持ちを抱いているのかもしれませんが、日本人にとっては絵に描いたような美しいヨーロッパの風景が広がっています。

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こちらの建物もホテルのようですが、もしもママたちがいつかアルザスに一緒に行きたいといってくれたら、こういう所に泊まるのもいいかもしれませんね。

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【閲覧注意】南仏プロヴァンス旅行~帰路編~

最高気温20度以下の日々が続いているヨーロッパから、謹んで暑中見舞い申し上げます。
お盆ですね、怪談の季節ですね!(←違)
以前予告したように、恐ろしいフランスの村についてです。怪談系要素があります。…ということで、当ブログ始まって以来の「閲覧注意」です。肌寒いヨーロッパから暑い日本へ多少の涼をご提供できれば幸いです。
尚、当記事に関連する写真は、クリスが「気持ち悪い!」と言うので全消去しておりまして、一枚も現存しませんのでここに掲載する写真は全て「イメージ画像」となります。

南仏プロヴァンスからドイツの自宅へ車で帰る時の出来事です。

ドケチなドイツ人のクリスが(ドイツ人はケチが多いw)高速料金をケチりたいのとわたしも田舎の景色を楽しみたかったので、森を通る一般道を使いました。

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(ヨーロッパの森のイメージ)

南仏からドイツ中部まで約900キロを一気に走るのは大変なので、途中、地図でいうとジュネーブとリヨンの間くらいにある、名前も聞いたこともない村に宿を取っていました。この辺り一帯は森と荒野が延々と続く何もない地域で、ホテルのあるような大きな街は一切なく、ここが唯一の宿場だとのことでした。

村に近づくと、おかしなことが二つ起こりました。一つはカーナビが突然故障して、同じ道を無限ループのように案内し始めたことです。しかも矢印が出るだけでうんともすんとも言いません。スマホのGPSもおかしくなっているようで、グーグルマップも全く使えません。というか、スマホ自体圏外になっています。ラジオも雑音ばかりなのでCDに変えました。二つ目は、地元ナンバーと思しきルノーがずっと跡を付けてくることです。わたしたち、上記の通りナビもスマホも使えなくて道に迷っていたのでおかしな林道に入り込んだりUターンしたりを繰り返していて、偶然道が同じだったということはあり得ないはずなのに、ずっと後ろからついてくるのです。それも煽ってくるわけでもなく、一定の距離を置いて、ただ付いてくるのです。…気味が悪いとは思いましたが、取りあえず気にしないことにして、事前にプリントアウトしていた地図でなんとかホテルには辿り付くことができました。

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…が、地元の人たちの視線がなんだか異様なのです。「外国ナンバーが何してんだ?」と思っているのか、いや、それよりも何か意味ありげにすごい顔でじろーっと見てきます。ホテルの一階はバー兼レストランになっていて、地元の人たちがテラス席などに座っていましたが、同じように異様な視線でじろーっと見てきます。で、ホテルのレセプション兼レストランのレジになっているカウンターで宿の主に「予約していた者ですが…」と名前を告げたのですが、なぜか「そんな予約は受けていない」の一点張り。予約サイトの某ドットコムから送られてきた予約確認書を見せても「知らない。」しかも、わたしのフランス語力では100%の確証はありませんが、宿の主人と従業員が「某ドットコムなんかやってないけどな」と話し合っていたように思います。それでも空いている予備の部屋があるから泊まってよいとのこと。で、とりあえず部屋を見せてもらうことに。

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ホテルの建物は見るからに何百年も前からの古い館を改装したもので、ヨーロッパにはよくある安宿スタイルです。階段も廊下も古い板張りだったのですが、何故かわたしたちの部屋だけ板張りの床が剥がされ、安物のビニールシートの床が敷かれていました。部屋には暖炉があり、そこそこ広かったのですが、入った途端、異様な空気が…で、ベッドに目をやると…一瞬ですが、見てしまったのです。こげ茶色の髪の、ボロボロの骸骨のような女性を!(わたしは霊感が少しあるのでこういうことは初めてではありませんが)いやいやいや、気のせい気のせい!見なかったことにして、とりあえず階下のレストランに戻り、食事をとることにしました。が、クリスがぼそっと言うのです。「…俺、ここすごく嫌なんだけど、キャンセルしてドイツ国境目指すって言ったら怒る?」「…もしかして、見た?」と聞くと、「女のひと?」とクリス。「ここやばいって、すぐ出よう!」ということで速攻キャンセル、車に飛び乗りました。

折しも土砂降りの雨が降り出し、川が溢れて道が水没し、かなり危険な状態になっていましたが、それでもここにとどまるよりはマシです。時刻は夜9時を過ぎ、荒野と森の中を延々と走る一般道には外灯すらなく、辺りは真っ暗。おまけに霧まで出てきてもう「これ、B級ホラーあるあるだよね?」という状態。真っ暗闇の中行けども行けどもグーグルマップ上は先程の村から一キロも離れていないことになっています!それでもこれだけ猛スピードで何時間も走り続けているのだから進んでいないはずはない!と信じて只管走り、ようやく別の地域に入ったことを示す看板を通り過ぎた瞬間、奇妙なことに、壊れていたナビが突然「ルート案内を開始します」としゃべりだし、復旧。グーグルマップを見ると、あの村の名前が消えていたのです! しかも雨まで上がっています。

その後、ドイツ国境目指して只管走りましたが、アルザスの知っている街々は地図のはるか上の方。もう名前も知らない村に泊まるのは怖くて、どこでもいいから行ったことのあるアルザスの街(ストラスブールとかコルマールとか)を目指していたのですが…結局夜中の二時を過ぎても辿り付けず、真っ暗な森の中で車中泊となりました。辺りは本当に墨を塗ったような暗闇で、車のヘッドライトを消すと真っ黒な帳を下したような漆黒の闇。たまに聞こえてくる音はフクロウの鳴き声だけ、おまけに寒いし、わたしは殆ど一睡もできませんでした。二度ほど、車のすぐそばに何かがいる気配がして、膝の上で見張っていたグスタフが突然立ち上がってウーッっと唸るということがありました。結局、この不気味さに耐えられず、明るくなる前にクリスを起こして出発したのですが、夜が明け、アルザスの見慣れた風景が見えてきたときは本当にほっとしました。

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(アルザスの風景)

後でクリスの友人の一人にこの話をしたところ、「わかるわかる!フランスの片田舎ってそういう変な集落あるよ!なんで一般道使ったんだよ、フランス旅行は高速使うのが鉄則だぞ!変なところに迷い込むから。」と言われましたが、フランスはドイツと違ってかなり古い時代から中央集権型の統一国家として発展してきた国です。そのため、パリはドイツのベルリンなどとは比べ物にならない年季の入った大都市ですが、その一方、地方では都市文明と隔絶され、中世で時間が止まったような奇妙で不気味な村々も存在するのかもしれません。因みに、この村の名前をインターネットで検索してみましたが、日本語でいう所の「新村」のような、一般名詞のような名前のため、同様の地名がフランス語圏各地に存在し、検索結果はそれらの関連サイトがズラーっと出てくるだけで、結局どれがこの村のことなのかわかりませんでした。

尚、上記の話には挿話があります。

この出来事が起こる前、クリスがジプシーの家族を助けたのです。
早い話が、「クレジットカードが使えなくてガソリン代を払えない、このままだと一家全員立ち往生になってしまう。必ず返すからお金を貸して欲しい」と話しかけてきたジプシーの男性にガソリン代を恵んであげたのです。
ヨーロッパでこんな風に話しかけてくるジプシーなんて、ぶっちゃけ十中八九詐欺です。「差別」とか「偏見」とか以前に身を守るための知識として、ヨーロッパ人でこの手のジプシーの言うことを真に受ける人は普通いません。でも、クリスはこのとき何故かこの男性にシンパシーを感じ、「返さなくてもいい」と言ってお金を恵んであげたのです。わたしも、そういう彼の決断にとやかく言ったりはしませんでした。

すると、別れ際にそのジプシーが「あなたはなんていい人なんだ!神のご加護を!」と言って、握手がてらに紳士用の指輪を手渡してきました。「お礼に持っていて!」と言って、彼らは去っていきました。驚いたことにそれは本物の黄金で、見たこともないような紋章が付いていました。これって、ヨーロッパの民話によく出てくる「ジプシーの秘宝??」なんて思って、クリスがはめてみると、まるでオーダーメイドのようにぴったりでした。

例の心霊村を無事に脱出してから車の中でクリスが言うには「この指輪が俺たちを守ってくれた気がする」とのことでした。

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プロヴァンスのラベンダー製品

先回、「次はフランスのある恐ろしい村の話ですよ~」と予告しましたが、その前に、プロヴァンスのラベンダー製品の話です。

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プロヴァンスでは、至る所でこのようなラヴェンダー畑を見ることができます。ラヴェンダーは元々南フランスも含む地中海沿岸が原産地の一つですが、日本では「ラヴェンダー」と言えば北海道の富良野が有名なのではないでしょうか。実は富良野のラヴェンダーは、昭和になってからフランスの種子を輸入したのが始まりで、こちらの方がご本家なのです。余り知られていないかもしれませんが、プロヴァンスはラヴェンダーの伝統ある世界的産地なんです。

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ヨーロッパのラヴェンダーの歴史は古く、なんとギリシャ・ローマ時代にまで遡ります。
日本では専ら芳香料、或いは観賞用と考えられがちなラヴェンダーですが、ヨーロッパではれっきとした商品作物としての地位を築いています。何に使われるかと言うと…洗剤から医薬部外品、石鹸、防虫剤、食品、香水、化粧品と、多岐に渡って使用され、ラヴェンダー製品は今でもヨーロッパ人の生活と密接に結びついています。

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元々、ヨーロッパ人には「化学物質や人工物を嫌う」という性質があります。古代のガリア人やゲルマン人などの発想にそのルーツがあるようですが、例えば現代のベルリンの有名病院での話です。インフルエンザのような症状が二週間たっても治らず、ベッドからろくに起き上がれないような状態だったため薬を処方してもらおうと思って行ったのに、医師に言われたのは「カモミールかラヴェンダーを乾燥させたものを沸騰した湯で煮てその湯気を吸い込んで肺を浄化するのがいいでしょう。」一瞬本当に本気で言っているのか疑いましたよ。インフルエンザのような高熱がもう二週間も続いているのですよ。日本だったら即解熱剤処方されて点滴でしょう。

ところがヨーロッパ人の考え方では「化学物質による医薬品は自己免疫力を低下させるので良くない。緊急性のない場合は副作用のある化学薬品を処方する必要はなく、極力自然治癒力をサポートする自然療法が良い。」ということなのです。その分勿論風邪やインフルエンザなどが治るまで時間がかかりますが、例えばドイツ人は平気で二週間でも三週間でも仕事を休んで「療養」します。…そんなことして有休が勿体ない!いえいえ、それは日本人の感覚なのです。ドイツでは法律で「病欠は有給休暇とは別!」と定められ、「有給病欠」が認められているのです。医師が「病欠証明書」を発行すれば、何週間でも自宅でラヴェンダー風呂にでも入りながらゆっくり療養できるのです。因みに、大抵の医師は「病欠証明下さい。」と言えば「何日ぐらいにします?」と聞いてきます。自分の感覚で「そうですね。最初は三日位?」と言うと「じゃ、三日経っても治らなければまた来てください。延長しますので。」と言われます。

ちょっと話が逸れましたが、この「化学物質や人工物を敬遠する」というヨーロッパ人の性質は、今でも色々な方面で健在です。例えば日本で非常に便利な虫よけスプレーや洋服用の防虫剤。これ、ヨーロッパでは殆ど見かけません。勿論これには「ヨーロッパには日本ほど虫がいないから」というのもありますが、それ以上に、ヨーロッパ人は日本の虫よけスプレーや洋服用防虫剤に抵抗感を示します。理由は、肌に直接虫も寄らないような化学物質を振りかけたり、肌に触れる洋服を虫を殺すほどの毒性のある化学物質漬けにすることに抵抗があるからです。確かに、考えてみたらそれも一理あります。

で、ここで登場するのがラヴェンダーです。ラヴェンダーのポプリ袋って、日本では「芳香剤」だと思われがちですが、実はあれ、元々は防虫剤なのです。また、ラヴェンダーのアロマオイルですが、あれはヨーロッパでは「万能薬」として使用されています。リラックスするためだけでなく、肌の炎症を抑えるためにお風呂に入れたり、空気を浄化するためにお香として焚いたり、虫よけスプレーの代わりにもなります。

そんな風にいくらでも用途のあるラヴェンダーなので、今でもヨーロッパでは高い需要があります。北海道のラヴェンダー畑は、どちらかというと観光的要素が強いですが、プロヴァンスのラヴェンダー畑は観光地というよりも、日本の水田のように農村の風物詩なのです。

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また、プロヴァンスでは、至る所にデスティラリーというラヴェンダー加工作業所があります。
こちらがデスティラリーの風景です。

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大釜で収穫したラヴェンダーを蒸溜しています。
こうしたデスティラリーはラヴェンダー農場に併設されていることが多く、ラヴェンダー製品を直売していたりします。今回、そうしたラヴェンダー直売所を幾つか訪れ、ラヴェンダー製品を沢山お土産に買いました。

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そんな直売所の一つが、このお城…といっても既に廃墟ですが…この城が建てられたのはなんと13世紀だそうです。その後の宗教改革の時代、プロテスタントだった城主がスイスに亡命してしまい、その後無人となって長い間放置されていたそうです。現在の城主はラヴェンダー農場経営者。家族経営ですが、中心となっているのがわたしたちと同年代位の若い女性です。この方とお友達になり、連絡先も交換したのですが、彼女がプロヴァンスで出会った人たちの中で唯一、流暢な英語を話すことができました。

彼女から聞いたのですが、プロヴァンスのラベンダーは大きく分けて二種類あるとのことで、一つはラヴァンドと現地人が呼ぶもので、所謂普通のラヴェンダー、もう一つが現地人の言う所のラヴァンディーン。こちらは主に20世紀になってから栽培されるようになった交雑種で、効用がラヴェンダーとは微妙に違うのだとか。また、ラヴェンダーにアレルギーがある人でもラヴァンディーンではアレルギーが起こらないそうです。

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この写真に写っているのがラヴァンディーン、で、一番上のグスタフの写真がラヴェンダー??…いや、色々説明聞いたのですが、見分け方はいまいちわかりませんでしたw

さて、お土産に沢山買ったラヴェンダー製品、今早速自宅で使っていますが、とてもいいです。非常に高品質です。わたしは肌が弱いので、いつもスキンケアやバスソープ、ボディーローションなどはナチュラルコスメしか使っていませんが、普段使っているものよりも良いと感じます。特に石鹸は、天然の殺菌効果もあるので肌を傷めずに消毒できてとても便利です。

…ということで、今回はお土産のおすそ分けがあります。郵便で日本の母の店に送りますので、興味のある方は是非母の店に寄ってみてくださいね!

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南仏プロヴァンス旅行~滞在編2~

こちらは典型的なプロヴァンスの農家です。

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ドライブしていると、時々「ワインあります」とか「チーズ・ハムあります」とか手書きで書かれた看板が立っていて、脇の農道に矢印が出ています。
大抵、未舗装のこんな道です。

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そこへ車で入っていくと、一番上の写真のような農家にたどり着くのです。
車で敷地内に入ると、大抵放し飼いになっている農家の大型犬が迎えてくれます。因みにプロヴァンスの農家は大抵大型犬を複数放し飼いにしています。オオカミが出るからです。

農家の方たちは、飼い犬の鳴き声で、客人が来たことを知ると、にこにこ、感じよく出てきて挨拶してくれます。予想していたようなヨーロッパの田舎っぺの排他性は微塵も感じられません。皆さんよそ者に対して非常にフレンドリーでオープンです。

当たり前のようにフランス語で話しかけてくるので、クリスが「英語でもいいですか?」と言うと、「えっ!?またか!」とぎょっとした表情になります。英語で「チーズ見せていただいてもいいですか?」なんて聞くと、「チーズ?あ、フロマージュね!」と説明が始まるのですが…最初の方だけ片言英語。そのうち英単語の混じったフランス語になり、最終的には全部フランス語になってしまいます。…仕方ない!わたしの片言フランス語の出番…なのですが、わたしがベルリンでかつて習ったのはビジネスフランス語初級。フランス語で名刺交換できる程度なのでワインやチーズの細かい蘊蓄まで100%聞き取ることはできません。しかもこの地方はプロヴァンス方言という独特の方言があり、耳にする単語が昔習ったものと微妙に違う気も…そうこうしているうちに、向こうはフランス語、こちらも通じもしないのに英語で話しても仕方ないのでドイツ語で話はじめ…それでもなんとなく通じてしまうんですよね。意外にもプロヴァンスの方々、ドイツ語の単語をたくさん知っているのです。ドイツ人観光客が沢山来るのでしょうか…

わたしが中学生くらいの時に読んだイギリス人作家の「南仏プロヴァンスの12か月」という本にも、確か「夏場にドイツ人観光客が押し寄せてうるさいわゴミは捨てるわ鬱陶しい、と地元の人たちが怒っている」という記述があったような…

でも、どこへ行ってもドイツ人観光客なんて一人も見かけないんですが…というか、観光客自体殆ど見かけません。

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どこの村も、ハイシーズンなのにひっそりとしています。

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真夏の南欧の観光地といえば、どこも観光客が押し寄せ、道で出会うのは世界各国から休暇に来た旅行者ばかり。町全体がテーマパークと化し、触れ合う「地元の人」もホテル・レストラン・土産物店の関係者ばかり…というのがデフォなので、プロヴァンスでもそんな光景を予測していました。

ところが、どの村に行っても通りはガランとしていて、たまにすれ違うのは生粋の地元っ子ばかり。でも、ヨーロッパのド田舎によくあるような排外性はプロヴァンスの人たちからはあまり感じられません。皆、にこっとして当たり前のように「ボンジュール!」と言って通り過ぎていきます。

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因みに、唯一そこそこの数見かけた「うるさい」観光客は、何故か皆オランダ人。
わたしたちにはオランダ人はすぐにわかります。なんといっても彼らの車のナンバープレートは黄色だから。それからあの耳障りなオランダ語。オランダ語はドイツ語話者の耳には非常に奇異に聞こえます。まるで外国人がドイツ語の発音や響きを馬鹿にしてモノマネをしている…そんな風に聞こえます。実際、オランダ語は英語とドイツ語のミックスのような言語です…というのはドイツ人から見た言い方なのでオランダ人には失礼でしょうが、そう聞こえるものはそう聞こえるのです。

で、彼らがうるさいんですよね。あと、態度も悪いですね。わたしたちがレストランで隣席に座っていたりすれ違ったりすると、「はぁ、なんでこないなとこまで来てドイツ語聞かなあかんねん?(←オランダ語を関西弁で表現してみました)」とじろーっと見てきます。あと、ゴミ捨ててるのも見ましたね。

…それで思ったのですが、もしかして、例のイギリス人作家が言っていた「うるさいドイツ人」ってもしかしてオランダ人のことじゃないですかねwドイツ人とオランダ人を見分けるのは、中国人と日本人を見分けるのと同じくらい難しいです。文化も歴史も勿論全然違うんですが、見た目は双方殆ど同じ…というか全く同じように見えます。で、中国人と日本人同様、話している言語を聞けばどちらかわかるんですが、それも少なくともどちらか一方の言語に精通していないと、どちらの言語もよく似ているので同じように聞こえます。「英語だけでどこへ行ってもやっていける」と思っているモノリンガルのイギリス人や、英語すらわからない地元の人たちにドイツ人とオランダ人が見分けられるとは思えないんですが…というか、そもそも「どっちも同じ!」くらい思ってませんか?w

…まぁでも、オランダ人に間違われているにしろ、中国人に間違われているにしろ、本で読んだような「頑固で保守的な地元の人たちが観光客を鬱陶しがっている」なんていう感じは一切受けませんでした。
彼らにとっては、アジア人だろうがヨーロッパ人だろうが、それどころか同じフランス人であろうとも、プロヴァンス以外の場所から来た人たちは皆同じ「よそからのお客様」のようです。

正直言って、こう感じるのはノルマンディーの時と今回で二回目ですが、フランス人がこんなにフレンドリーな民族だったなんて知りませんでした。むしろフランス人といえば外国人嫌いで頑固で保守的で、フランス語を話さないものは人間と見做さないし観光地化されていない田舎の村なんかに入ろうものなら鍬に松明持った住民たちにぼったてられるようなイメージがあったんですが(某「美女と野獣」のイメージです)そのイメージ、覆りました。…ただ、「火のないところに煙は立たぬ」。この後まさに最初のイメージ通りの恐ろしいフランスの田舎の村に遭遇することになるのですが…
それは次の機会に!

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南仏プロヴァンス旅行~滞在編1~

プロヴァンスの村々は、こんな感じです。

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村というよりも、数軒の家が連なって建っているだけの集落もあります。

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むしろそうした集落の方が多いです。

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これらの集落は、傍を通る道がアスファルトに変わったこと以外、本当に何百年もの間、殆ど変わっていないのかもしれません。

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郊外には、こんな風にラベンダー畑が広がっていたり…

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ヒマワリ畑が広がっていたり。

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そして、集落と集落の間には、こんな風に断崖絶壁の山々が聳え立っています。

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今でこそこうした岸壁を貫通する形で築かれたトンネルがあり、自家用車で集落間を行き来できますが、一昔前は陸の孤島のような集落も沢山あったのではないでしょうか。

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今でも秘境の面影は十分残っています。滞在中、観光バスはおろか、路線バスすら全く見かけませんでした。それもそうですよね。こんな所、大型車両では通れないんじゃないでしょうか。

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岩山の間にはこんな川が流れていて、地元の人たちが泳いでいる姿をよく見かけましたが、水は灰分(?)で真っ白!硬度・PHの高い典型的なヨーロッパの水のようです。こんな水で泳いだら髪の毛バサバサになりそうです。

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因みにこの川のほとりにあったこの村は、プロヴァンスの田舎の集落の中ではかなり規模が大きい部類ですよ!

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そしてこの村の軽食屋で食べたこのオムレツが本当に美味でした。こんなタダのオムレツがどうやったらこんなに美味しくなるんでしょうね?不思議で仕方ありません。ドイツのそこそこの地方都市の四つ星レストランで出てくるものよりもこの軽食屋のオムレツの方がよっぽど美味しいです。なんとなく、こういう田舎の軽食屋のオムレツにこそ美食大国フランスの真骨頂があるように感じます。観光ガイドにも載ってないような山奥の村の軽食屋が卵だけを使って他国の四つ星レストランよりも美味しいものを出せてしまうっていうのが、フランスの真の実力なんでしょうね。

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食べ物談義に関してですが、わたしたちがフランクフルトでお世話になっている、元企業経営者のドイツ人のご隠居が「プロヴァンスに行くなら食事のことは心配しなくてもいい。あそこには美味しくないレストランは存在しないから。」と言っていました。でも、正装して入るような五つ星の高級レストランなどはありません。どこも田舎の「飯屋」です。それが、上の写真のような料理を出すのです。これ、カンガルーのステーキなんだそうです。お味の方は、微かに独特の臭みがあり、「カンガルー」と言われると納得します。でも、ソースがものすごく美味しいので食べれてしまいます。こういうの、フランクフルトの高級創作料理店(勿論星付き)で気取り屋&見栄っ張りなホワイトカラーがバリっとスーツ着こんで食べてる写真をSNSとかにアップしていそうですが、村の飯屋の「今日のコース」の一皿です。

で、このレストランのアンビエンテがこれw

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なんせ山奥の田舎の地元の人しか来ないような飯屋なんで、屋外です(笑)。で、こんな風にオーナー一家のわんちゃんが「ちょーだい!」と挨拶に来てくれます。犬好きにはたまりませんね。

因みに厨房は一応屋内にあるんですが、それも農家の小屋のような建物で、厨房以外はワイン倉庫になっていて、屋内のテーブル席はレストランというよりも地元の人たちがワインを飲みがてらおしゃべりするバーのようになっていました。

さて、そんなプロヴァンスの宿ですが…
ナビに従て宿を目指して走ったところ、着いたのがこれ。

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「目的地に到着しました。」って言われて目の前にあったのがこの掘っ立て小屋。(因みに写真左端はグスタフの頭)途中、「こんな畑しかないところにホテルあるわけないからナビ絶対間違ってるよ!」って言ったんだけど…クリスはステレオタイプのようなドイツ人なのでナビに絶対服従してとんでもない場所にたどり着くのは初めてじゃないし、途中何を言っても頑固だからナビの言うこと以外絶対聞かないんですよw

その後、グーグルマップでなんとかたどり着いたのがこちら。

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こう見えてもホテルなんです。誰も住まなくなった古い民家を村の人たちが一から修復・手入れして改修し、夏の間旅人に貸しているのです。一軒家、完全貸し切りです。
中はこんな感じの本場ブロカントスタイル。

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自炊できるようにバーもキッチンもついているんですが、れっきとしたホテルです。村の人たちがフレンチスタイルの朝食をルームサービスしてくれるし、ベッドメイキングも掃除も普通のホテル同様にしてくれます。

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ベッドはこんな風になっていて、カップルにぴったりですね。

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グスタフもソファーの上で早速寛いでいます。

次回は更にプロヴァンスの風景を紹介します。

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 海外情報

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クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)

Author:クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)
はじめまして!
アンティークショップ「クレマチス」(http://antique-clematis.sakura.ne.jp)店主の娘、アコです。

日本の古いものは大切に、でも、新しいもの・異質なものも寛容に受け入れる…そんな母の元、小さいころから日本舞踊を習い、現「クレマチス」店舗である祖母の古い日本家屋で、着物や日本の古いものにたくさん触れる一方、ピアノや外国語を習わせてもらったり、父の趣味であるクラッシック音楽や西洋美術を身近に触れる日々を送ってきました。

そんな両親の教育が功を奏し…いや、仇となり(?)、実生活にはあまり役に立たない比較文化分野で大学に居残り、これまたあまり役に立たないドイツ語だけペラペラに。おまけに語学を通して若くてイケメンな(笑)ドイツ人の夫と出会ってしまい、海外に嫁ぐという親不孝っぷり。

そんな娘を、ずっと温かく見守ってくれていた母。そんな母が、「古いものを大切にする喜びを、少しでも多くの人と分かち合いたい」という純粋な気持ちで、亡き祖母の家で始めた小さなアンティークショップ。元々、ずっと苦楽を共にした姑である祖母の家を、大好きなアンティークに囲まれた素敵な空間にしたい…という素朴な思いから始めたこのお店が、あれよあれよという間にいろいろなご縁を引き寄せて、母はいつの間にか、昔夢見たアンティークショップの店主になってました。

「古き良きものに洋の東西はない。和と洋は、互いを引き立て合う良きパートナーになれる!」…母が「クレマチス」で体現している価値観は、わたしたち夫婦のモットーでもあります。

このブログでは、そんな母と二人三脚で、「クレマチス」のお店の情報と併せてドイツの生活・風物について少しずつ紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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