Frohes Neues Jahr 2017!

去年はサボり気味でしたが、今年はドイツからの更新も頑張ろうと思います。

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ちょっと小さいですが、元旦(1月1日)の上空から見た富士山です。おめでたいので貼っておきます。
今年は年末の二週間を日本で過ごし、1月1日にドイツに帰って来ました。
平地のフランクフルトですが、返った早々、2日、3日は雪が降りました。

今年もこのブログと母のお店をよろしくお願いいたします!

ドイツでイラン料理!

先週末、クリスとフランクフルトのイラン料理店に行ってきたのですが、あまりに美味しかったので記事にしちゃいます。

ドイツにはイラン難民・亡命者が沢山住んでいます。なのでドイツにあるイラン料理はイラン系住民御用達の本場の味です。

イランと言えば、わたし、実はミュンスターに住んでいる時に外国人局の人にイラン人と間違えられたんですよね。配偶者ビザを貰いに行ったときなんですが、顔を見るなり「またイラン人か!あなたたちはドイツではビザもらえないの。テヘランに帰りなさい!」とヘイト丸出しな係官の女に一蹴されたので、「あの、わたし、日本人なんですけど?日本人はドイツでビザもらえますよね。」と言ったところ、返って来たのは「その手には乗らないわよ!」という返事。日本のパスポートを見せても「どうせ偽物でしょ!」と暫く信じて貰えなかったほど。

毎日いろんな外国人を見ているはずの外国人局の係官に間違えられる位なのだから、わたしってホントにイラン人に似てるのかもな…と思ったら、なんだか親近感が湧いてきて、以来イランは気になる国の一つでした。

とはいえそんなに気安く行ける国でもないし…。

せめてお料理くらいは!ということで、週末食べに行くのに「どこでもいいならイラン料理がいい!」とクリスに提案したのはわたしでした。

お目当てのイラン料理屋は、かなり治安の悪そうな移民街の裏道にひっそりと建っていましたが、この辺りはもう住人も建物もドイツにありながらまさに中東!雰囲気は最高でした。まるで現地の穴場レストランの雰囲気!…て現地知らないけど。こんな風なのかなって。

中に入ると、お客はわたしたち以外殆どイラン系。これは益々期待が持てます。

前菜は、ナンに似た薄手のパンに挟んで食べるミントとヨーグルトとチーズのサラダにナスとクルミのざくろソース和え。

これがびっくりするほど美味しいのです。しかもこのナスとクルミのざくろソース和えというお料理、日本の三河地方のナスの味噌和えという郷土料理に味がそっくりなのです。三河人のわたしとしてはもう感激です!

…やっぱりイランと日本て、どこか似てるんですよね。

そして、メインはこれ。

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鶏の串焼きとざくろソースです。
このざくろソースっていうのが、ものすごく美味で、三河人のわたしには八丁味噌を髣髴とさせる味なんです。味はまるで味噌カツですよ!…まぁ、味噌カツって豚なんですが、日本人もそういえば明治時代までは豚って食べていなかったはず。
やっぱり似てるように思えてしまうのですよね、日本とイランて。

因みにわたしが知る中で公共交通機関に「女性専用車両」があるのは日本とイランだけです。…他にもあるのかもしれませんがとりあえずわたしが知る中では…という前置き付です。

そして、以前ドイツでやっていたドキュメンタリー番組によれば、イランと日本の性に関する感覚や未成熟っぷり、社会的矛盾などはいい意味でも悪い意味でもそっくりです。

ますますイランに興味が湧いて来たんですが…行くのは難しいだろうなぁ。。

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因みに、クリスの職場にいる研修生君の一人はイラン人です。
亡命イラン人一家の息子です。だから彼はイランには二度と戻れないのだとか。
この研修生君、わたしも時々会うんですが、色々お話聞きたいけど、あまりこの話題には触れたくないようなので話を振るのは遠慮してます。

このような境遇に比べたら、いつでも八丁味噌を食べに帰れるわたしは幸せかもしれません。

全身アンティーク!

クリスとわたし、実は学生結婚でした。なので、入籍したばかりの頃はお金がなくて、ドイツで市庁舎式という、入籍届提出・受理に伴う人前式をささやかに挙げただけで、まだ教会式も挙げていません。

そんなわたしたちですが、今年で結婚6年目になります。

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バタバタで挙げた市庁舎式、日本から参加できたのは母と母の友人の二人のみ、写真はといえば、クリスの親戚が片手間に撮った数枚があるのみ。殆ど残っていません。

そこで、結婚6年目の今年、10月3日のわたしの誕生日プレゼントの一環で、クリスの地元の自然が綺麗な場所で、当時の衣装をそのまま着て、改めて、フォトウェディングをすることになりました。

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この衣装、ヘッドドレスから靴まで、当時かなりお得に手に入れたアンティークなのです。
当時は駆け込みでやってもらったドイツの美容院でシンプルなアップヘアにしてもらい、市庁舎式に臨みましたが、今回は元美容師のクリスのママが張り切って「ドレスと同じ時代の髪型」を再現してくれました。1940年代の花嫁スタイルです。クリスママがやってくれたヘアスタイルは、ピーンカールという手法でとても繊細な昔のパーマスタイルなのです。

そして、当時ともう一点違うのが…この胸元のアンティークアクセサリー。

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これ、すっかり気に入ってしまって未だに手元に置いています…ごめんね、ママ。

どうです(笑)、まさに、全身アンティークです。

あの時は学生でお金のなかったクリスも、今やフランクフルター・バンカーとして一端にお稼ぎです。わたしもなんとかドイツで好きなことをやりながら楽しく暮らさせて頂いています。

アンティークアクセサリーの時代

今月、ミュンスターで今年最後のアンティーク蚤の市がありました。
他の街では冬になっても屋内でフリーマーケットを開催したりするのですが、ミュンスターは屋外の宮殿前広場が会場なので、夏季限定です。今回も、ママのお店のために、クリスが値切り交渉頑張って、沢山仕入れました。

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優しいご夫婦が経営するこちらのお店の前を通りかかった時、クリスがふと、銀細工のアクセサリーに目を留めました。それは、銀を非常に細い糸状にして、まるでレース編みのように丁寧に仕上げたお花のブローチとネックレス。聞けば、元々この手法はヨーロッパでアクセサリーの材料に乏しかった19世紀に、貴重な銀を少しでも華やかに見せるために生まれた工法だそうです。それが、1910年代の第一次世界大戦で貴金属が武器製造優先に消費されるようになると再び盛んになり、また、1930年代、今度はいよいよ第二次世界大戦の足音が聞こえ始め、再びアクセサリー用の貴金属が枯渇し始めた頃に盛んに作られるようになったとか。つまり、世相が不安定になると流行りだすアクセサリー。

アンティークを愛するお店のご主人が言うにはお花のブローチはポルトガル製で、恐らく第一次世界大戦頃のもの。そして、銀細工を木の葉のチェーンのように繋いだシンプルなネックレスは恐らく1930年代のドイツ製なんだとか。

「このネックレス、今までに本当に色んな人が欲しがって、試着したんだけど、皆さん首が太すぎて、誰にも合わなかったのよ。相当華奢な女性の持ち物だったのね、きっと。」とお店の奥様。興味をそそられ、ネックレスを手に持ってみました。

…そして、ふと、思い出したのですが…そういえば、この日、蚤の市に来る前、明け方にちょっと変わった夢を見たのでした。それは、わたしが1930年代の、ヒットラー政権時代のドイツの女優になった夢。女優といっても、マレーネ・ディートリッヒのような大女優ではなく、地方舞台の公募オーディションを片っ端から受けては結果にドキドキしているような、そんな女優さん。その感覚や、色彩が妙に鮮やかで、第二次世界大戦間近の緊迫した社会の雰囲気まで異様にリアルで、不思議な夢でした。

それが、その日の午後、訪れた蚤の市で、1930年代の銀のネックレスを手にしたとき、ふと、「あ、これ、貴女のものだったのね!」と思ったのです。

「あら、気に入ったの?着けてみる?…これで何人目かしら、お試しするの。まるでシンデレラの靴みたいね。」とお店の奥様。そして…はめてみると、まるでオーダーメイドのようにぴったり!長すぎず、短すぎず、丁度良いのです。これにはお店の奥様もご主人も大喜び。「やっとこのネックレスがぴったりの人が現れた!」と大はしゃぎ。奥様は感激のあまり、わたしにアンティークの香水瓶をプレゼントしてくれました。「これは、人に譲っちゃだめよ!」と念を押されました。…ということで、このシルバーのネックレスだけは非売品です(笑)。

ところで、こうしたアンティークアクセサリー、現代のファッションに合わせても十分素敵ですが、あえて当時のファッションに合わせてみるのもまた一興です。

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1930年代といえば、20年代のギャルソンヌ旋風がひとまず収まり、反動で女性的なファッションが再び流行した時代でした。ファーやレース、ゴールドの色彩が多く取り入れられ、20年代とは打って変わって女性らしい体形を強調するドレスが好まれたそうです。また、お化粧は限りなく王道フェミニン…細い弓型眉や真っ赤な口紅が流行し、コテで前髪をくりんくりんにするピンカールも流行りました。一方、街中に再び軍服姿が溢れるようになり、その影響で、肩を強調するミリタリー風のスーツが好まれたそうです。

そんな1930年代ファッション、昨今形を変えて再び流行の兆しにあるのだとか。「世相がなんとなく似ているから」と言う人もいますが、戦争前夜のそんな世相には、似てほしくないものです。ファッションはとっても素敵なので、復活、大歓迎ですが…。

ドイツのアンティークアクセサリー

今日は、母の店の10周年記念に出品されているアンティークアクセサリーについてちょっとお話したいと思います。

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ドイツで「アンティーク蚤の市」と銘打ったフリーマーケットに行くと、アクセサリーは家具や古本、古着などと共に一大カテゴリーを形成しています。…が、気を付けないと、他カテゴリー同様、どこも玉石混淆。安い現代の模倣品なども沢山混じっています。そんな中、本物のアンティークを見極めるには、マーケットに足を運ぶ前に勉強するのは勿論のこと、いざ、蚤の市で購入する際、お店の人とじっくり話すことも大切です。

昔からアンティークアクセサリーを扱い、知識・経験も豊富で良心的な売り手さんは、若い人がアンティークに興味を持って色々質問すると、大抵喜んで色々なエピソードを教えてくれます。そして、売り場には出していない特別な商品を出してきてくれることもあります。

写真はドイツでは知る人ぞ知る、ミュンスターの伝統あるアンティーク蚤の市。
ミュンスターは、以前わたしたちが住んでいたこともある小さな田舎町ですが、夏季限定で開かれるアンティーク市は有名で、毎年ドイツ全土から、いや、国境を越えてイギリスやオランダからも人が集まってきます。

ベルリンやフランクフルトなど、大きくて交通の便も良い有名都市でもアンティーク市はあるのですが、こちらは観光客が集まりやすい…ということで、安い現代の模倣品をアンティークと偽って売る業者、わざわざ東欧や中東からまがい品を大量に持って来て売りさばく業者も沢山出入りしています。だから、色々なアンティーク市を回っては、結局小さな町の知る人ぞ知る、マニアックな蚤の市に戻ってきてしまいます。

さて、蚤の市での仕入れの醍醐味は何といっても値切り交渉。
ドイツの市では値切るのが普通。相手はそれを前提に値段を提示してきます。中には頑なに値切りを拒否する売り手もいますが、何等かの事情があると考えた方が良いようです。全くの素人の売り手さんが、親戚などから譲り受けた品を価値も知らずに信じられないような格安で販売、取りあえずそれでも形式的に値切りを提示したら、逆切れされた!なんてこともありました。

でも、そういったことは比較的まれ。大抵の売り手さんは値切り交渉に「待ってました」とばかりに応戦します。交渉が始まると、これまで楽しく談笑していたのが嘘のようにシリアスな空気が流れたり、きまずい雰囲気になったりします。日本人は、ここで居た堪れなくなって「わかったわかった、もう言い値でいいです。」とつい言いたくなってしまうんですが、これも全て作戦のうち。以前はわたしもこのピリピリした空気や気まずさが居た堪れなくて、思わずクリスに「もういいよ」なんて言っていましたが、ひるまず交渉を続けて結局大幅値下げを勝ち取るクリス。「もういいよなんて横槍を入れると相手の思うツボだよ。」と言うので、もう、こういう交渉はドイツ人同士に任せることにしています。

そうして勝ち取った戦利品。日本の空気の下では、ヨーロッパの空気の下で見るのとまた違った色彩・魅力を放つらしい…ということを、母が先の記事にアップした写真で知りました。湿度や気温、緯度による光の加減と関係しているのかもしれません。

ヨーロッパで1920年代、30年代に大切に身に着けられていたアクセサリー、今度は日本で大切に身に着けてもらってね!と、感慨深いです。
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クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)

Author:クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)
はじめまして!
アンティークショップ「クレマチス」(http://antique-clematis.sakura.ne.jp)店主の娘、アコです。

日本の古いものは大切に、でも、新しいもの・異質なものも寛容に受け入れる…そんな母の元、小さいころから日本舞踊を習い、現「クレマチス」店舗である祖母の古い日本家屋で、着物や日本の古いものにたくさん触れる一方、ピアノや外国語を習わせてもらったり、父の趣味であるクラッシック音楽や西洋美術を身近に触れる日々を送ってきました。

そんな両親の教育が功を奏し…いや、仇となり(?)、実生活にはあまり役に立たない比較文化分野で大学に居残り、これまたあまり役に立たないドイツ語だけペラペラに。おまけに語学を通して若くてイケメンな(笑)ドイツ人の夫と出会ってしまい、海外に嫁ぐという親不孝っぷり。

そんな娘を、ずっと温かく見守ってくれていた母。そんな母が、「古いものを大切にする喜びを、少しでも多くの人と分かち合いたい」という純粋な気持ちで、亡き祖母の家で始めた小さなアンティークショップ。元々、ずっと苦楽を共にした姑である祖母の家を、大好きなアンティークに囲まれた素敵な空間にしたい…という素朴な思いから始めたこのお店が、あれよあれよという間にいろいろなご縁を引き寄せて、母はいつの間にか、昔夢見たアンティークショップの店主になってました。

「古き良きものに洋の東西はない。和と洋は、互いを引き立て合う良きパートナーになれる!」…母が「クレマチス」で体現している価値観は、わたしたち夫婦のモットーでもあります。

このブログでは、そんな母と二人三脚で、「クレマチス」のお店の情報と併せてドイツの生活・風物について少しずつ紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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