FC2ブログ

ツェツィーリエン・ホーフ

行ってきました!
…と言っても、ご存知の方は少ないかもしれませんが、第二次世界大戦末期の日本に対するポツダム宣言が採択された場所…と言えば、「あー」と思っていただけるかも?ポツダムの観光地といえば、隣のサン・スーシ宮殿が有名過ぎて影が薄いですが、このツェツィーリエン・ホーフは、プロイセン王朝末期の歴史と第二次世界大戦末期の歴史という、二つのドイツ帝国の終末の歴史を同時に辿る事ができる、なかなか興味深い場所でもあります。

外観はこんな感じ・・・

CIMG5327_convert_20131118184259.jpg

なんだか日本にある「英国村」を彷彿とさせますが、実際、この建物は、最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の母が英国出身だったのに因み、ドイツの建築家たちによって英国風に建てられたのだそうです。

さて、こちらが最初に案内される部屋。19世紀末期から20世紀初頭、ドイツ帝国が崩壊するまでプロイセン王家の人々が生活したそのままの姿で残されているそうです。暖炉の前にいくつか並んだ陶製の火鉢は当時のロシア王朝からの贈り物だそうですが、この半世紀後にここがロシア軍に占領され、この建物で、ドイツの運命が決められることになるとは、なんとも皮肉なことです。

CIMG5333_convert_20131118184539.jpg

ちなみにここは「宮殿」(パラスト)ではなく「皇居」(ホーフ)なので、全体的に質素で日常的な感じです。

CIMG5336_convert_20131118184639.jpg

こちらは王妃の書斎です。ここの家具が、質素ながら良く見るとなんとも豪勢なんですが、やはりここも、どことなくイギリス風です。

CIMG5337_convert_20131118184735.jpg

館内には他にも王妃が集めていたというKPMのフィギュアがあちこちに置かれています。

CIMG5357_convert_20131118185429.jpg

このイギリス出身の王妃様、イギリスらしい洗練されたセンスの持ち主だったようですが、彼女のイギリス風の自由な発想が息子であるヴィルヘルム二世のプロイセン的な軍国主義と相容れず、晩年は実の息子と仲たがいしてしまうのだそうです。

そしてここが、有名なポツダム会談の開かれた場所。

CIMG5339_convert_20131118184835.jpg

ここで、終戦後のドイツや日本の運命が決められました。会談当時のままの姿で残されています。

CIMG5343_convert_20131118190034.jpg

ソ連のスターリン、イギリスのチャーチル、アメリカのトルーマンの署名です。

CIMG5349_convert_20131118185005.jpg

ちなみに、この大広間の階段がすごいのです。ヴィルヘルム二世の趣味らしいのですが、元家具職人で、階段も作っていたクリスにとってはこの階段が三巨頭のサイン以上に興味深かったようです。

CIMG5351_convert_20131118185114.jpg

こちらはポツダム会談時のイギリスの首相チャーチルが滞在した部屋です。アメリカのトルーマンの部屋に比べて暗く、落ち着いた雰囲気です。

CIMG5353_convert_20131118185220.jpg

そしてこちらがアメリカ大統領トルーマンの部屋です。

CIMG5354_convert_20131118185305.jpg

この部屋で、原爆投下についての計画も練られたそうです。

CIMG5356_convert_20131118185350.jpg

さて、このツェツィーリエン・ホーフについて、ちょっと気になったのが、観光客の殆どがロシア人と中国人と英語を話す人たちだということです。特にロシア人と中国人の率が、他の観光地と比べてとても高いのです。戦勝国の人たちにとってはこの場所は思い入れが深いのかもしれません。庭園の石柱などには当時のロシア軍人のものと思われるロシア語の落書きも見られます。

CIMG5329_convert_20131118184404.jpg

日本人にとってはあまりに馴染みの深いポツダム宣言の地でありながら、日本人観光客の姿は一人も見かけませんでしたが、日本からポツダムに来る場合、大体ベルリンに宿を取って電車で日帰りという行程が一般的なため、隣のサン・スーシに時間をとられ、ツェツィーリエンは「まぁいいや。」となってしまうのかもしれません。

でも、意外と知られていませんが、このツェツィーリエン・ホーフ内の一部は現在ではホテルとして使われており、普通に観光客が宿泊できるのです。ポツダム会談にでも参加するつもりでここで一泊…というのも悪くないかもしれません。

ちなみに、ポツダムはベルリンに比べて街も綺麗だし古きよきプロイセンの雰囲気も残っていますが、古き悪きプロイセンも残っている…つまり、住人たち未だに19世紀のプロイセン人から進化しておらず、排外主義的で高慢で人を見下したような態度を平気で取る人たちが多いのだとか。なので、ポツダムに出かける際は街中に宿を取るよりも宮廷内でのんびりする方が楽しめるかもしれません。

テーマ : ドイツ生活
ジャンル : 海外情報

sidetitleプロフィールsidetitle

クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)

Author:クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)
はじめまして!
アンティークショップ「クレマチス」(http://antique-clematis.sakura.ne.jp)店主の娘、アコです。

日本の古いものは大切に、でも、新しいもの・異質なものも寛容に受け入れる…そんな母の元、小さいころから日本舞踊を習い、現「クレマチス」店舗である祖母の古い日本家屋で、着物や日本の古いものにたくさん触れる一方、ピアノや外国語を習わせてもらったり、父の趣味であるクラッシック音楽や西洋美術を身近に触れる日々を送ってきました。

そんな両親の教育が功を奏し…いや、仇となり(?)、実生活にはあまり役に立たない比較文化分野で大学に居残り、これまたあまり役に立たないドイツ語だけペラペラに。おまけに語学を通して若くてイケメンな(笑)ドイツ人の夫と出会ってしまい、海外に嫁ぐという親不孝っぷり。

そんな娘を、ずっと温かく見守ってくれていた母。そんな母が、「古いものを大切にする喜びを、少しでも多くの人と分かち合いたい」という純粋な気持ちで、亡き祖母の家で始めた小さなアンティークショップ。元々、ずっと苦楽を共にした姑である祖母の家を、大好きなアンティークに囲まれた素敵な空間にしたい…という素朴な思いから始めたこのお店が、あれよあれよという間にいろいろなご縁を引き寄せて、母はいつの間にか、昔夢見たアンティークショップの店主になってました。

「古き良きものに洋の東西はない。和と洋は、互いを引き立て合う良きパートナーになれる!」…母が「クレマチス」で体現している価値観は、わたしたち夫婦のモットーでもあります。

このブログでは、そんな母と二人三脚で、「クレマチス」のお店の情報と併せてドイツの生活・風物について少しずつ紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QRコード