黒い森・アルザス紀行―リクヴィールとコルマール編

ストラスブールからリクヴィールまでの間、延々と続くブドウ畑の中をひたすら運転しながら「本当にこんなところに町があるのか?日本の旅行サイトが間違えているんじゃないか?」とクリス。それでもひたすらナビを信じて走り続けると、そのうちドイツ名の小さな町が幾つか現れ、「あれ?またドイツに戻っちゃったの?」と一瞬思ったところで、リクヴィールに到着しました。

街はドイツの中世の街によくあるように城壁に囲まれ、かなり小さな田舎町らしいのに、大型バスが何台も乗りつけ、観光地としては流行っている様子。定期バスも運行されているらしく、街の城壁前のバス停には、韓国人だろうと思われる若い女性が一人で座っていました。

「ハウルの動く城」の街に似ているかというと…確かに!一つ一つの建物の趣や小道の雰囲気など、ヨーロッパのどこかにありそうで、どこともつかない映画の街そのものです。…が、このリクヴィールは徒歩で15分もかからず一周できてしまうほど小さな街。街というよりも村と言った方がいいかもしれません。ハウルの街は、もっと変化に富む大きな都市だったように思うのですが…。

実はこの街、映画のモデルになっただけでなく、「フランスで一番美しい村」とも言われているそうです。やっぱり、街というよりは「村」と言うのにふさわしい大きさなのかもしれません。「フランスで一番美しい」かどうかは「好みによる」といったところでしょうか。ハウルの舞台のように、ヨーロッパのどこにでもありそうで、どこにもなさそうな雰囲気が、わたしにとってはまるで空想の中の街のようでとても魅力的だったんですが、一方クリスからすれば、ドイツのその辺の小さな村と大差なく、イマイチ「これぞ!」というフランスらしさがないのがちょっと残念だった様子。

また、建物の大半が土産物屋になっているのですが、売られているのはアルザス地方の特産物というよりは、ドイツの特産物ばかり。ドイツならどこのディスカウントスーパーでも売っているお菓子がすごい値段で仰々しく並んでいたり、ローテンブルクに本店のある有名なドイツの伝統的なクリスマスグッズ専門店まで出店していて、まるでフランスの中のドイツ村。観光客の大半もフランス人で、どうも「フランス語の通じるドイツ村」感覚でドイツ土産を買い漁っている様子。クリスにしてみれば、なんとなく、ハウステンボスに来てしまったオランダ人の気持ちになってしまったようです。
アルザスは、元々アルザス語というドイツ語の方言を話す人たちが住んでいた地方で、起源的には神聖ローマ帝国に遡る…というわけで、フランスから見れば、実質的にはドイツ系住民が住んでいる地域。というわけで、アルザスらしさというのはぶっちゃけ「ドイツらしさ」なのかもしれません。なので観光地としては「フランス国内のドイツ村」という感じになるのも仕方ないのかもしれません。ただ、そのお蔭でこの辺りの街々が、まるでアニメの舞台のように、「ヨーロッパのどこにでもありそうな、でも、どこにもない街」という独特の雰囲気を醸し出しているのかもしれません。そして、ヨーロッパ以外から来た人にとっては、そこがまたたまらなく魅力的!
…とはいえ、この日は異常に寒く、リクヴィールを散策しているうちに、「どうせ同じような感じだろうから、コルマールはもういいや。」という気持ちになってしまい、ワッフルなど美味しいものもたくさん食べたことだし、城壁の前に停めておいた車に再び乗りこんだ時には既にホテルに帰る気満々になっていました。

ふと、城壁前を通った時、街に入る際に見たバスを待っていると思しき韓国人女性が、わたしたちが2時間ほどの散策を終えて帰って来てもまだ同じ場所に座り込んでいるのが気に留まりました。…そういえば、日本の旅行サイトに「バスは一日二本しかないから時間に注意」と書いてあったなぁ…と気になり、クリスに話すと、「ずっとバスを待ってるのだとしたら可哀想だな。車に乗りたいか声をかけてみようか?」と言うので、バス停の前を通り過ぎる時に助手席の窓を開けて英語で話しかけてみました。「バスを待ってるの?そのバス、一日に二本しかないらしいけど、乗ってく?」と言うと、不安そうだった顔をぱっと輝かせて、二つ返事で後部座席に乗りこんできました。

話を聞いてみると、やっぱり韓国人で、かなり若い女性だと思っていたのですが、韓国に息子さんもいるのだとか。「コルマーに行く」というので、コルマール中央駅まで乗せてくことになりました。…つまり、わたしたちも、コルマールに行くことに。一人旅で寂しかったのか、後部座席の彼女はおしゃべりが止まりません。わたしたちがドイツから来たと知ると、「わたしの夢は、いつか息子をドイツの工業高校に入れること!息子にはドイツで就職して、ドイツの永住権を取ってほしい。」と熱く語り始めました。…と言っても、話を聞いていると息子さん、まだ2歳なんだとか。そういえば、以前ドイツで知り合った韓国人も、10歳の妹をなんとかドイツの学校に通わせたい!と必死で準備していたなぁと。10歳や2歳で、果たして子供本人が「ドイツで勉強したい!」と本当に本気で思っているのかは少々疑問ですが、韓国人にとって、ドイツは人気の移住先なのでしょうか。
後部座席の彼女のおしゃべりは、いつの間にかドイツ移住の夢から日本の話になり、日本に何度も観光旅行に来たし、韓国の友人が留学しているので名古屋にも来たことがある、これからもきっと行くと思うと言われました。それで、「How do you like Japan?」と聞いたところ、「日本が好きか?」と聞かれたのだと思ったらしく、急に暗い顔になって「日本と韓国は歴史問題があるから嫌い」と言われました。…好きか嫌いかじゃなくて、「どう感じたか」を聞いたつもりだったんだけどな…。以後、あれだけおしゃべりだった彼女は水を打ったように静かになってしまいました。
彼女をコルマー中央駅の前で下してから、クリスとその話をしたのですが、今まで出会った韓国人全員が、「日本が好きか嫌いか?」と聞かれれば「嫌い」と答えますが、クリスの感覚では、その「嫌い」はどうも本気の嫌いとは違うというのです。つまり、あらゆるサイドの原理主義・民族主義・人種主義が渦巻くヨーロッパから見ると、あれは本気の嫌い…つまりhateではなく、建前の「嫌い」のように感じるのだとか。わたしもそれを聞いて「確かにな!」と思いました。
独仏因縁の地アルザスで、思いがけず、アジアの事情を思い出すことになりましたが、そのお蔭で(?)コルマールも散策する機会を得ました。

「リクヴィールと同じような感じだろう」と思っていたコルマールですが、行ってみたら、リクヴィールに比べてかなり大きく、村ではなく立派な街。規模的にはストラスブールにも劣らないかもしれません。

建物はやはりドイツ風なのですが、今までの街の中で最もフランスの雰囲気が強かったように思います。

それでも、リクヴィール同様、「ヨーロッパのどこにでもありそうな、どこにもない街」の雰囲気は健在で、「ハウルの動く城」の舞台は、街の規模を考えると、むしろリクヴィールよりもコルマールなのではないか、と思います。

「日本は嫌い」という話を聞いてちょっと考え込んでしまいましたが、韓国人の彼女を車に乗せていなかったら、この街にも来ていなかった…ということで、いいことしてよかった!…ということにしておきます。
