月の兎と狼男
ドイツには、「月を愛でる」という風習がありません。月は昔から魔女や悪魔の象徴であり、人々の心を惑わすものとされてきたようです。日本ではあまり馴染みのない「狼男伝説」…ドイツは本場なんですが、温厚な普通の男が月を見ると残忍な狼男に豹変するという筋書きです。怪しげな月の光が人間の心の闇の部分を解き放ち、狂気に駆りたてる…そんなイメージが根強いようです。ベートーヴェンのソナタ「月光」というピアノ曲をご存知ですか?物悲しく、陰鬱で、どこか不安を煽るような、暗い雰囲気だけれど神秘的で、不思議に心惹かれる美しい曲…ドイツ人が思い浮かべる「月」って、まさにそんな感じなのです。
我が家の寝室には、下の写真のように天井窓があって、
![CIMG0790_convert_20100923195246[1]](https://blog-imgs-38-origin.fc2.com/a/n/t/antiqueclematis/201009231953537d3.jpg)
ベッドに寝そべると、ちょうど薄雲を裾に引く世にも美しい「中秋の名月」が見えました。「うわぁ、なんて贅沢なお月見なんだろう!」と感動していると、横でドイツ人のクリスが「なんだか狼男でも出そうな月だなぁ。なんとなく落ち着かないし、心が掻き乱されて眠れないからブラインド閉めない?」なんと無風流な!「日本ではこの月は中秋の名月と言われて愛されているのよ!」とお月見と月の兎の話をしてみれば、「月のクレーターがウサギに見える?…僕には袋を担いだ男に見えるけれど…」とこれまた風情のない…。
でも、ドイツの秋って、朝晩は日本の初冬のように冷え込み、日中も気温が上がらない中、何の前触れもなく霙のような雨が降ったり、お陰で地面はぐちゃぐちゃ、深い霧が立ち込め、ずっとうす暗いのです。そんな天気の中、突然雲間から怪しく光る満月が出てくると、いかにも不気味でぞっとするのです。
それでも、出てくる月は日本と同じ。やはり見ていると心が落ち着きます。
「天の原 ふりさけみれば 春日なる みかさの山に 出でし月かも」
という、阿倍仲麻呂が異郷の地で読んだ歌を、ふっと思い出しました。