南仏プロヴァンス旅行~往路編~

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イースター休暇に行ったノルマンディーが思いの外良かったので、今年中にもう一度フランスに行きたいね…とクリスと話していました。恥ずかしながら、隣の国なのにフランスのことはあまり知らず、フランスの観光地と言って偶々思いついたのがプロヴァンスでした。それも、中学生ぐらいの時に読んだ「南仏プロヴァンスの12か月」というイギリス人が書いたエッセイを偶々思い出し、「プロヴァンス行くか!」と思い立ったといういい加減さ。本の内容も、中学生ぐらいの時にさらっと読んだだけなので「プロヴァンス」という地名以外あまり記憶に残っておらず、なんとなく覚えているのが「頑固で保守的で食べ物とワインのために生きているフランス人の住むヴァカンスの楽園がプロヴァンスだ」というような内容。「ヴァカンスの楽園」なら、とりあえず外れはないんじゃない?ということで、目的地は安易に決定(笑)クリスが仕事の合間に全行程計画を立て、ドイツ中部の自宅から南仏プロヴァンスまで片道約900キロを車で行って来ました。

ドケチなクリスが高速料金をケチりたいのと(ドイツ人はケチが多いw)、わたしも田舎の景色を楽しみたかったので一般道を使いました。

ドイツ国境に近いアルザス・ロレーヌ地方を通りすぎ、そこからプロヴァンスまではただただ森と荒野と時々牧草地帯が広がっているだけの何もない地域…と言っても過言ではなく、時折通り過ぎる村々は家が数軒しかないような田舎中の田舎。正直、フランスがこんなに田舎だったなんて知りませんでした。

約900キロの道のりをぶっ通しで走るのは大変なので、途中、ブザンソンという街で一泊します。

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ブザンソンはこんな感じの街…ですが、なんとなく、雰囲気悪いです。と言って、治安が悪そうなわけでもなく、ごく普通のヨーロッパの地方小都市なんですが、郊外に80年代頃に低所得層の生活水準向上のために公共事業の一環として建てられたと思われる集合住宅が林立していますが、そこが今では荒んだ感じのスラムになっていて、車で通り過ぎただけでも雰囲気の悪さが伝わってきました。

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で、ブザンソン、どこかで聞いたなぁと思ってググってみたら、なんと去年12月に日本人留学生の方が行方不明になった事件の舞台でした。なんとも、おいたわしいことです。
街を歩いた感じ、ヨーロッパの街としては治安はかなり良さそうでしたが、それでも所々に突然「うわっ、ここは一人では歩きたくない!」と思うような薄気味悪い小路への入り口が開けていて、死角の多そうな街だと感じました。また、街のど真ん中に軍事施設があり、フランスの国防上重要な都市なのでは?というのを感じさせます。

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因みに、この辺りの郷土料理はグラタンだそうです。わたしたちも食べてみました。…が、美味しいのですが、くどいです。チーズのトッピングがエメンターラーというかなりコクのある、というかアクの強いヨーロッパ風味なのであっという間に満腹になって胃に来ますw

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なお、前菜で出てきたチーズやハムなどはさすがフランス、非常に美味でした。

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因みにレストランはこんな感じで古民家を再利用していて、雰囲気はとても良かったです。

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ブサンソンで一泊の後、再びプロヴァンスへ向けて出発です。
途中、「コウモリ洞窟」という矢印が出ていたので何かと思って行ってみたら、こんな洞窟の中に教会が立っていました。
この辺りはジュラといわれる地域でここにあるジュラ山脈の地層から恐竜の化石が次々発見されたことが、「ジュラ紀」という名前の由来だそうです。

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この「コウモリの洞窟」がある村は、こんな感じの寂れた田舎です。

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グスタフと散歩中に見つけたこの施設、地元の人に聞いてみたら、昔は共同の洗濯場だったのだそうです。

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更に南へ走ると、徐々に景色が雄大になっていきます。

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道はどんどん険しくなっていき、いつの間にか山道になっています。村々はこんな風に山面にへばりつくように存在していて、まるでスペインのアルプハラのようです。

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因みに一つ上の写真右端に映っている教会が、これです。

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更に進むと、こんな奇岩が点在する風景が現れます。

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いやいや、わたしたち、南欧のリゾートを目指していたはずなんだけど、これはリゾートと言うよりもむしろ秘境でしょ?w

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そうこうしているうちに…

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ついに道はこんな風になってしまいました。

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奇岩連なる断崖絶壁の山岳地帯を進むこと数時間、突然目の前にこんな光景が広がっていました。

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野生のラベンダーです。プロヴァンスに到着したのです!
いやぁ、プロヴァンスって、てっきりヴァカンスのパラダイスだと思っていて、常夏の南欧リゾートを想像していましたが…実際は山岳地帯の秘境で観光客なんていません…というか地元の人すらいません!わたしたち、二人と一匹だけ!

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これはすごい所に来てしまった!でも、マスツーリズムの痕跡もなくハイシーズンの南欧で、いるのはクリスとグスタフだけ。目の前に広がっているのは手つかずのヨーロッパの原風景。…こういうの、いいかも!

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南欧のリゾートに行くつもりで、こんな秘境の絶景、全く予想だにしていませんでした。
次回はプロヴァンス滞在記です。

ドイツから陸路で行くノルマンディー紀行~帰路編~

ちょっと間が空いてしまったので今更感ありありですが…ノルマンディー旅行の最終編です。来た道を帰るだけなんだから何もないでしょ!と思われるかもしれませんが…途中で見つけてしまったのです、こんなすごい教会を。

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最終日は、ノルマンディーから上陸した古の連合軍のようにひたすらドイツ目指して北上していくだけ…の予定だったのですが、イースター最終日ということもあってフランス各地からパリに向かう車の大渋滞を避けるため、高速道路を迂回したり、食事や休憩のために色々進路変更しているうちに、いつの間にか車がアミアンという街に近づいていました。…「アミアンの戦い」ってなんか聞いたよな…と思いつつ、クリスが「眠くなった」というのでコーヒーを買うためマクドナルドを探して街中心部に入りました。見た感じ、普通のヨーロッパの地方都市だな…と思いましたがずっと田舎道を走ってきたせいでものすごい大都市にたどり着いたような感覚になります。マクドナルドじゃなくても普通のカフェでもいいんだけど、何かないかな…と車窓からきょろきょろしていたら、突然はるか天空に聳え立つような大聖堂が目に飛び込んできました。

「ちょ…今すごいのがあった!車停めて!!」と思わずハンドルを握るクリスの手をつかんでしまいました。「わっ!?何々?」とクリスが慌てて路肩に車を停めた頃には大聖堂の尖塔は街のビル群の間に隠れてしまって影も形もありませんでした。「今ホントにゴシック様式のすごい大聖堂を見たんだけど…」「ホントに?幻だったんじゃないの?w」なんて言いながら、車を停めて、半信半疑で大聖堂を目撃した当たりまで歩いてみましたが…全く何も見えません。「ネアンデルタール人の血」と本人が自称する、並外れた方向感覚を持つクリスが「君が見たという大聖堂が本物なら、この辺りにあるはず!」という場所まで行ってみると、ありました!

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でも、後ろから見た感じはこんなです。

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下から見るとこんな感じ。

「アミアンのノートルダム大聖堂」と書いてあります。へぇ、そんなのあったんだ。。と思い、中に入ってみると…

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いやこれパリのノートルダムよりでかいよ!
恥ずかしながら、隣の国なのにフランスのことにはまったく疎いわたしたち。多分これ結構有名な教会だよ!と、スマホで早速調べてみると…なんと、「世界遺産アミアンの大聖堂」と出てきました。

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偶然世界遺産にたどり着いてしまいました!

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中はとにかくでかい、広い、高い!素人の目視ですぐにパリのノートルダムよりも大きいと感じましたが、実際パリのものよりも高いそうです。

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こういう壮麗な協会はさすがですね。ドイツにもケルン大聖堂とかありますが、大聖堂関連ははっきり言ってフランス語圏の方が凄い…と、ドイツ人のクリスも申しております。

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ステンドグラス群も凄かったです。ドイツの教会や大聖堂では、ステンドグラスの殆どが戦争中破壊され、戦後見るも無残な現代アートに「復元」されたものが主流ですが、ここのものはすごかったです。流石に中世以来のオリジナル…ではないかもしれませんが、変な現代アートではありませんでした。

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因みにアミアンの街自体は第一次・第二次世界大戦共に戦禍に巻き込まれていて、二度ともドイツ軍に占領されています。それでも大聖堂は大きな被害は受けなかったようです。

さて、思いもよらなかった世界遺産との出会いの後、当初の目的であったマクドナルドのコーヒーもゲットし、日没迫る中一路ドイツに向かいます。今回もベルギールートです。

ドイツからノルマンディー、またノルマンディーからドイツへ、ベルギールートを使うとベルギーのワロニエンという地方を通ります。このワロニエン、結構広いのですが、ここの一部地域は「ドイツ語共同体」と言われ、フランス語圏のベルギーにおいてドイツ語が話されています。この地域は元々プロイセンの領土で住民もドイツ人だったのだそうですが、第一次世界大戦でドイツが敗れたため、この地域がベルギーに割譲されたのだそうです。それから一世紀…この地方の住民たちは未だにドイツ語を話すのだそうです。

そういう話を知識としては知っていたのですが、今回トイレ休憩に立ち寄ったワロニエンの小さな街のショッピングモールで突然ドイツ語が聞こえてきた時は本当にびっくりしました。かなり長いこと、わたしたちと同じようにイースター休暇が終わってドイツに帰る観光客たちかなと思っていましたが、それにしても人数が多いのでドイツの観光バスでも停まってるのかなと思ったものです。ところが店内の表示までドイツ語だったのでここが噂のドイツ語共同体だと気づいたのです。地元の人たちの会話に耳を澄ませてみましたが、独特の方言とか、第一次世界大戦直後で時間が止まったような古風な表現とか、フランス語訛とか、そんなのは全くなく、ごくごく普通の標準ドイツ語でした。

ところで、ここからアーヘンやケルンなどのドイツの街までの国境地帯が大渋滞だとナビが言うので迂回して、アルデンヌという森林地帯を通りました。アルデンヌと言えば、バルジの戦いですよ!1944年第二次世界大戦末期、最後の巻き返しを図るドイツ軍と、アメリカ軍を中心とした連合軍がここで激突しました。ここでドイツ軍が攻撃してくることを予測していなかったアメリカ軍は、当初苦戦を強いられたと言いますが、バルジの戦い関連の連合軍側の証言でよく聞くのが「ヨーロッパの寒さ」でした。でもバルジの戦いは12月。今は4月だから、この名高い冬将軍は影も形も感じられないだろう…と思っていたら、寒い!4月なのに気温が0度前後。車内の温度もどんどん下がり、すごく久しぶりにシートヒーター付けました。途中、給油のため立ち寄ったガソリンスタンドでは寒くてわたしは車から降りられませんでした。

日も落ち、真っ暗な森林地帯をひたすら進んでいると、なんと白いものが空から…四月に雪!?この雪はみぞれになったりしながらも降りやまず、なんと最終形態は雹ですよ。突然カンカンと銃弾のように音を立てて車に当たり始め、おまけに吹雪のような風で本当に銃弾のような勢いで次々ぶつかってきます。驚きました。クリスの眠気も吹っ飛びました。

…と、思いがけない「抵抗」にも遭いましたが、なんとかドイツ領内に到達。夜空に上がるルール工業地帯の工場の煙を車窓に見たのは午後10時。フランクフルトの高層ビル群の明かりを見たのは深夜でした。わたしたち、次の日仕事だったんですけどね…。

以上、楽しいイースター休暇でした。(完)

ドイツから陸路で行くノルマンディー紀行~D-Day編~

D-Dayとは、「作戦決行日」を意味するアメリカの軍事用語ですが、史上最も有名なD-Dayと言えば第二次世界大戦中の連合軍によるノルマンディー上陸作戦です。今日はその舞台であるオマハ・ビーチと関連する博物館を見に行きます。

1944年6月6日、ドイツ軍支配下にあるフランスを開放すべく、この海岸に約200万の連合軍部隊が押し寄せました。

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現在では連合軍の戦勝を記念してこのようなモニュメントと、全ての連合国の国旗が掲揚されています。

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因みに到着時はこんなに晴れていたんですよ。それがたった数分で一番上の写真のようになってしまいました。この天気の不安定さはドーバー海峡の特徴でもあります。上陸作戦も本来は6月5日に決行予定だったはずが、悪天候で6日に延期されています。

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車を停めて降りてみると、後ろから歩いてきた家族連れの男の子が、わたしたちの車のナンバーを指さして「ドイツ人だぁ!」と叫んでいます。え?英語??そうです、この家族連れは英語を話しています。で、見渡せば周りは英語を話す観光客ばかり。モンサンミッシェルにはこんなにたくさん英語を話す旅行者はいませんでした。

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オマハ・ビーチは基本的にはこのような美しいビーチです。夏には普通に海水浴もできます。でも上陸作戦終了後には、この砂と水が血で真っ赤に染まっていたといいます。

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現在この砂浜で、ここが戦跡であることを忍ばせる当時の遺物はドイツ軍が残していったこの「戦車除け」位です。

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これが砂浜に等間隔に並んでいるのですが、説明も何もないので最初はなんだかさっぱりわかりませんでした。でも、使用されている金属の老朽化の進行度合いなどからして上陸作戦当時のものなんじゃないかと思い、スマホで調べてみたらやはりそういうことでした。

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このビーチは犬禁止ではないのでグスタフもノルマンディー上陸です。

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ビーチの目の前には普通の民家も建っています。

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こういうタイプの茅葺屋根はノルマンディー地方の特徴です。

では、ビーチの目の前の「D-Day博物館」に行ってみたいと思います。
博物館の目の前には米軍のシャーマン戦車が展示されていて、例によって英語を話す観光客たちがキャーキャーはしゃいで記念撮影していましたが、わたしたちはスルー。だって、ムンスターで見たケーニクス・ティーガー(ドイツ軍の戦車)とかに比べたら…ね。

博物館の中でも聞こえてくるのは殆ど英語。三分の二くらいが英語で残りの三分の一がフランス語。旧連合国にとっては勝利の殿堂ですからね。恐らくわたしたちは唯一の旧枢軸国からの訪問者だったと思われます。入口では、恐らく統計でも取ってるのだと思いますが「国籍は?」と聞かれました。ドイツと日本だと言うと、受付のおばちゃんからちょっと驚いたような表情で「あら、ようこそ。展示説明は英語とフランス語しかないけどいい?」と言われました。…いや、勿論かまいませんけど。でも、中に入ってみるとドイツ軍の資料ばかりで、全部ドイツ語のオリジナルの説明が見えるので英語もフランス語もいりませんでしたがw

ただ、わたしたちがドイツ語で何か言うたびに周囲の人たち(特に年配の男性)が驚いて振り返るので、最終的には殆ど日本語で会話していました。

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こちらは迎え撃つドイツ軍側の装備ですね。

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武器や軍服の多くはオリジナルのようで、近くで見るとかなりボロボロ。

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この箱には「Zündmittel für 12 Schuß, 32cm. Wk- Flak einschließlich Vorrat - Nicht werfen!」と書かれています。32センチ対空砲12発用の点火剤。予備含む。投げるな!というような所でしょうか。…いや、多分投げないと思います(汗)

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ドイツ軍の写真はこの他にも沢山撮ったんですが、連合軍の写真はこれ一枚ですw実にすみません。

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博物館の売店では左のような小さな瓶を売っていて、オマハ・ビーチの砂を自分で入れて記念に持ち帰ることができるようになっています。わたしが「やりたーい!」と言ったらクリスが「そんなのアミーのすることだ!この瓶、4,5ユーロもするじゃないか!」とブツブツ。アミーとはドイツ人がよく言う「アメリカ人」という意味の軽口、「ヤンキー」のようなものです。確かにアメリカ人観光客がメインターゲットなんだろうなぁこの商品。でも、高校生で「プライベート・ライアン」を小説で読んで以来ずーっとこの目で見てみたかったオマハ・ビーチです。クリスに付き合ってもらって、小瓶に砂入れて持ち帰りましたよ!

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因みに写真右側は「ノルマンディー産D-Dayハニー」。ミツバチが米兵の格好してシャーマン戦車に乗ってるイラストが描かれています。ラベルがしっかり英語で書かれている所がにくいですね!売り子のフランス人のおばちゃんは殆ど英語しゃべれないっていうのに。明らかにアメリカ人観光客がカモになってますね。…てわたしたちも買ってるけどw

他にもD-DayTシャツからなんちゃって軍服モドキまで、多分アメリカ人観光客がターゲットなんだろうなぁというお土産物が所狭しと並んでいました。わたしもこのD-DayTシャツ買って行って、いつも口うるさいドイツの義両親の前で着てVサインでもしてやろうかなと思ったけど、女性用サイズはありませんでした。

さて、次はもう一つの上陸ポイントとなったソード・ビーチです。

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このソード・ビーチはオマハ・ビーチに比べてごつごつした石が沢山転がっていて、すぐ目の前まで断崖絶壁が迫っています。

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ドイツ軍はこういう崖から撃ってきたんでしょうね。
ソード・ビーチの浜辺では、フランス人たちがのどかにピクニックをしていました。気温は10度前後でかなり強い風が吹いているのですが…。
因みにノルマンディー海岸を移動する際中にこんな光景を目撃しました。フランス人が、フランスパンを背中に背負って自転車に乗っています。で、オマハ・ビーチ近くの牧草地帯でその同じフランス人が仲間と一緒にやはりピクニックしているのを目にしました。繰り返しますが、気温は10度前後、強風が吹いていてかなり寒い中、です。昼間からしっかりワインも飲んています。
小説「プライベート・ライアン」の中にも、オマハ・ビーチから上陸してきたアメリカ軍兵士たちが牧草の上でのどかにピクニックするフランス人を目撃し「近くで砲弾飛び交ってるのに、フランス人は暢気だなぁ…」という描写が出てきますが、まさにその光景です。

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これから向かうのは元ドイツ軍の半地下要塞だった建物をそのまま使った軍事博物館です。
そして、このオマハ・ソード・ビーチからこの半地下要塞までの道のりで見た景色はまさに両ビーチから上陸してきた連合軍兵士たちが見た光景そのものだった…と言っても過言ではないかもしれません。感動しました。この時通った無数のノルマンディーの農村は、恐らく70年前と全く変わっていないのでしょう。時が止まったようです。車で移動中だったので残念ながら写真は撮れなかったのですが、どこまでも続くのどかな牧草地帯、寝そべる牛たち、石壁のフランスの農家、悪路…最新オプション付きの21世紀のSUVがガタガタ揺れるほどの悪路のお蔭でジープで行軍している気分を100%味わえてしまいました。

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ノルマンディーのロバ君たちです。この動物たちは放し飼いになっているので勝手に触ることができます。かなり人懐っこくてかわいかったです。

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村の教会です。こうした小さな教会も、尖塔に狙撃兵が隠れていたりしたんでしょうね。

さて、地下要塞跡に到着です。

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博物館の名前は「Le Grand Bunker Musee (大地下要塞博物館)」ドイツ語のBunkerという言葉をそのまま使っている所にフランス人の意気込みを感じますね。ドイツ語のBunker(ブンカー)という言葉は日本語だと「塹壕」と訳されるのでしょうか。でもこの建物は地下軍事施設と砲塔が一緒になった巨大なもので、「地下要塞」と言った方がよい感じです。因みに今でも一階建てで地下室のある横幅の大きい味気のない家を冗談で「Bunker」と言ったりします。

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入口にはいきなり連合軍の上陸舟艇があったりします。

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豪の入口にはガスマスクをして機関銃を撃つドイツ軍の兵士がいます。

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ドイツ軍の寝所です…というかそんなことより写真中央のハーケンクロイツ旗が、明らかに血まみれ。この赤いしみ、絶対血だろう、と。ここの展示物は全て当時の遺物を使って当時の様子を再構成しているそうですが…ここでドイツ軍兵士たちが普通に生活していた間は絶対この旗は血まみれじゃなかっただろう…と。不自然過ぎる。。

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上の写真は当時のドイツ軍の食事だそうです。画像縮小しないと貼れないので見えなくなっちゃいましたが、オリジナルの写真では「Tee-Ersatz(代用茶)」とか「Kümmel」とか書いてあるのが見えます。Kümmelはわたしもドイツに来て初めてお目にかかったものなんですが、日本語だとキャラウェイって言うそうです。ゴマみたいな種子系の香辛料です。これ、消化にいいとかで、「おなかの調子が悪い」と言っているとこれを肉料理やキャベツ料理に大量に入れられたりします。スッとするような味で、確かに日本の胃腸薬飲んだ直後のようなさっぱり感があります。

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こちらはドイツ軍の通信室。あちこちに「Der Feind hört!(敵が聞いている!)」と書かれています。傍受されてるの、わかってたんですね。
そしてこれが砲塔から見たノルマンディーの景色です。

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地下要塞付近のビーチに出てみます。

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ここにもD-Dayの記念碑が建っていますね。

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ブーツで来て正解でした。砂がふかふかサラサラすぎて、普通の靴だと中に砂が入って来て大変だったようです。因みにこのブーツはドイツ仕様のラム毛皮の裏打ちのある冬ブーツ。こんなんが4月になっても重宝するんですよ!欧州寒いです。

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海岸の草むらの中に小さなドイツ軍の塹壕跡を見つけてしまいました。説明も何もなく、当時のまま放置されていました。

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さて、こちらはプチ・D-Day。他の犬と全く仲良くできないドイツ犬のグスタフが、ノルマンディー・ビーチでイギリス人観光客の犬と遭遇してしまいました!…でも、幸い血を見ることなく(笑)犬同士即席の停戦合意に達し、ちょっとじゃれ合って解散となりました。

ソード・ビーチの近くにはフェリー乗り場があり、イギリスとの定期便が出ているようです。そのため、海岸線一帯はこのフェリーで上陸してきたイギリス人観光客でいっぱい。かつて上陸舟艇で銃弾飛び交う中やって来た彼らの孫やひ孫たちもいるのかもしれませんね。平和な時代になったものですね。

さて、戦跡巡りはここまで!グルメの時間ですよ。
モンサンミッシェルのホテルへの帰途、ノルマンディー郷土料理を出すレストランに寄りました。
このレストランは星がついてるのかついていないのかもわからないような、高級でもなんでもないレストランですが、地元の人たちの評判がやたらと良いということで、クリスが選びました。

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オードブルとワイン。このロゼ・ワインは本当に美味しかったです。わたしたちは普段ドイツのリースリンクに慣れてしまっていて、正直言ってフランスやイタリアの辛口のワインは好きじゃないんですが、このロゼは甘口じゃないのに美味しくて感動しました。わたしたちがドイツから来たと知って、ウエイターのお兄さんがわざわざ選んでくれたのです。

ウエイターのお兄さん、フランス人ですが、英語が上手で、しかもドイツ語も話せるのです。わたしたちがドイツ語で話していたら、会話に入って来てびっくりしました。どうしてドイツ語できるんですか?と聞くと、「ここへ来るお客さんたちの話を聞いていて覚えた」と言います。「ドイツ人沢山来るんですか?」と聞くと、「ここはオマハ・ビーチとモンサンミッシェルの中間地点だからね。アメリカ人とイギリス人はオマハ・ビーチに行くけど、ドイツ人と日本人はモンサンミッシェルに行くよ。で、ここで鉢合わせするんだ。」と言われました。

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こちらはフォアグラです。日本ではフォアグラステーキをよく食べましたが、これはペースト状になっていて、ドイツのレーバーヴルストのようにパンに付けて食べるようです。

で、写真にはありませんが、フォアグラの代わりにクリスが頼んだのが「内臓の燻製」というもの。これがノルマンディー特産料理らしいんですが…ものすごい匂いでした(汗)食べるのも大変だったようです。

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全体的に、フランスにしては素朴な郷土料理ですね。ドイツだったら「高級料理」で通りそうですがw
わたしは日本の高級フレンチの方が美味しいと感じましたが、クリスは大満足だったようです。

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このデザート、器までチョコでできています。
最後はこれで締め、地元産のチーズの盛り合わせです。

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さて、あすは連合軍部隊さながらドイツ目指してノルマンディーからひたすら走ります。

因みに後日談ですが、オマハ・ビーチで撮影したこの写真をD-Dayのタグ付きでインスタグラムに載せていたところ、軍服姿のフランス人から「イイネ」が来てビビりました。どうもヒストリカルゲームなどをされる方のようです。

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わたしのインスタグラムはsagimusumeです。着物の写真を主に載せています。

ドイツから陸路で行くノルマンディー紀行~サン・マロー編~

モンサンミッシェルの次は、サン・マローという小さな漁港でお昼ご飯&お散歩です。

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因みにこの街は既にノルマンディーではなく隣のブルターニュ地方になります。昼になり、天候も良くなり、絶好のお散歩日和というか、犬日和!実はこの街、何の変哲もない鄙びた漁港で特に観光名所も何もないため、日本の旅行ガイドには殆ど載っていないのですが、旅先でお散歩するのが大好きなドイツ人の間では有名で、ドイツの旅行サイトで「浜辺のお散歩に最適な街」として紹介されていたのをクリスが見つけてきたのです。犬立ち入り禁止のモンサンミッシェルでは車で待ちぼうけだったグスタフを思いっきり走らせようと思います。

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グスタフがどこにいるかわかりますか?北フランスの磯の風景です。この時は引き潮で、むき出しになった海底にボートや漁船がゴロゴロ転がっている状態です。

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砂浜では地元の学生たちがビーチバレーを楽しんでいて、「アトンシオーン!アトンシオーン!(注意して!)」という叫び声がしょっちゅう聞こえてきます。ドイツ語では「Achtung!(アハトゥング!)」なんですけどね。わたしたちはあまりフランス人と関わったことがないんですが、ドイツの戦争映画なんかでフランス兵が「アトンシオーン!アトンシオーン!」と叫んで逃げ回っているシーンをよく見かけたものです。ホントに「アトンシオーン!」なんだwとちょっと面白かったです。

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グスタフは浜辺に打ち上げられた海藻のにおいをかいだり、岩場に駆け上がったり、磯の散歩を満喫中。

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他にも犬を散歩させている人たちが何人かいましたが、フランス人は驚くほど礼儀正しいのです。グスタフを遊ばせていたら、茶色のブリタニースパニエルと思われる犬を連れた若い女性二人組が近づいてきました。ドイツだとこういう場合、何か癪に障ることがあって文句を言いに来た…というケースも多々あるので、何か言われるんじゃないかと身構えましたが、非常に丁寧なフランス語で「うちの犬をリードなしで走らせてもいいですか?うちの子は誰とでも仲良くできるんですが、お宅のワンちゃんがそうでないなら近づかないように注意しますけど、どうですか?」と聞かれました。残念ながらわたしのフランス語はこういう込み入った内容を一語一句正確に聞き取って即座に応答できるほどではないので、念のため、クリスが英語で聞き返すと、相手は少し動揺して、たどたどしい英語で先ほどと同じことを繰り返しました。

グスタフは単独でアナグマとの一対一の対決を制することに徹してきた猟犬の血筋のため、誰とでも仲良くできるタイプではありません。それを伝えると、女性二人は笑顔で了解し、少し離れたところで自分の犬とボール遊びを始めました。このブリタニースパニエルは「ダルタニアン」と呼ばれていました。ダルタニアンとは、アレクサンドル・デュマの小説「三銃士」の主人公です。ブリタニースパニエルは、まさにフランスのこの地方、ブルターニュ地方で生まれた犬種ですが、その名前がダルタニアンだなんておしゃれですね。

因みにグスタフは、WW2のドイツ軍の80センチ列車砲の名前でもあります。口径が80センチもある世界最大の大砲です。この列車砲のグスタフ、当初はフランスを征服用にマジノ線(ドイツ国境にフランスが建設した巨大地下要塞)を攻撃するために作られたものでした。実際には、ドイツ軍はマジノ線を迂回してベルギールートでフランスに攻め込んだためグスタフがマジノ線攻撃で使われることはありませんでしたが…。

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さて、犬のグスタフは至って平和です。
穏やかな磯の風に吹かれ、暖かい日差しの中、のどかな漁村の浜辺を満喫しました。ドイツの旅行サイトのお勧め通り、本当に歩いているだけで気持ちの良い、のどかな鄙びたフランスの古き良き田舎町です。

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この街のクレープ屋さんでお昼ご飯を食べたのですが、フランスのクレープは、ドイツの旅行サイトではイタリアのピザやイギリスのフィッシュアンドチップスのようなある種の簡易国民食であると紹介されていました。

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こちらがフランスのクレープですが、ハムやソーセージが付いていて、「お菓子」ではなく「メインディッシュ」の扱いです。で、地元のお客さんたちの注文の仕方を見ていると、どうもこの「メインディッシュ」を食べ終わった後、「デザート」としてチョコレートやシナモンシュガーなどで味付けされた甘いクレープを注文するようです。因みに、写真左に写っている飲み物はシードルと言って、リンゴの発泡酒です。イギリスでは「サイダー」と呼ばれているものです。味はというとドイツのヘッセン州の特産品であるリンゴワインとほぼ同じ味です。もしかしたらドイツでApfelwein(リンゴワイン)と呼ばれているものはこのシードルと同じものなのかもしれません。

食事中、ウエイトレスがドアを開けっぱなしにしたままテラス席に出て行ってしまって全然戻ってこないため、レストラン内に冷たい風が入って来て寒かったので、クリスにドイツ語で「寒いからドア閉めて。」と頼みました。すると、隣の席に座っていたおばあさん二人組のうちの年上の方がフランス語で「わたしもちょうどそう思ってたのよ!寒いわよね。ドア閉めちゃって正解よ!」とニコニコ笑って話しかけてきました。突然のことだったので、片言のフランス語も出てこず、そのまま思わずドイツ語で「寒いですよね。」と返してしまったのですが、おばあさん、理解したようでそうそう、とうなずきます。それを見ていたもう一人の若い方のおばあさんが「ママ、英語わかるの?」と驚いて(フランス語で)聞いているのが聞こえてきました。「ママ」と言われた90歳位のおばあさんは「あれは英語じゃないわよ、ドイツ語よ!もう話せないけど、聞けば言ってることはわかるのよ。」と答えています。…ドイツ語のわかる、90歳位のフランスのおばあさん…波乱万丈の人生を歩んでこられたんでしょうね。

フランスでは、第二次世界大戦後かなり長いこと、ドイツに対する憎悪や敵対感情が強く、それこそ70年代位までドイツ語なんて公で話せるような状況ではなく、ドイツと縁があった人もドイツ語ができることはひた隠しにしていたのだ…と、ベルリンの職業訓練校のフランス語の先生が話していたのを思い出しました。

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サン・マロー、特に何の変哲もない鄙びた漁村ですが、本当に素敵な街でした。何といっても人が皆親切でフレンドリーでよそ者にもオープンで、フランスのイメージがガラっと変わりました。ドイツのサイトで「古き良きフランスの田舎」と言われる理由もわかります。ドイツでは田舎と言えば人が保守的で閉鎖的で、よそ者である旅行者にあまりフレンドリーではないこともしばしば…なんですが、フランスのこの地方は違うようです。日本の田舎にも共通するような、素朴で暖かい、田舎の良さを凝縮したような街でした。

さて、時間が余ったのでもう一つ別の街にも寄ってみることにしました。こちらは海沿いではなく、森の中にあるフージュールという田舎町です。

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この街で、美味しそうなパティシェリーを見つけたので、フランス名物マカロンを買おう!と入ってみました。クリスが英語で「マカロンありますか?」と店員さんの若い女性に話しかけると、女性の表情は明らかにパニックに!「うゎっ!英語だ!店長!!」と叫んでいます。わかったわかった…じゃぁフランス語で頑張るから…と思ったら、店の奥から50代位のエレガントで綺麗な女性が出てきました。この方が店長のようです。で、このお美しい店長さん、非常に流ちょうな英語で対応してくださいました。マカロンって、ドイツにも一応あるんですが、そんなに種類はないし、高いし、ドイツ化していて本場フランスみたいにカラフルじゃないから見た目も美しくないし、お味もやはりフランスに比べてかなり劣ります。そんなことを話していたら、店長さんが色々「多分フランスにしかない味」を勧めてくれました。その中に、「バラの花の味」というのがありました。これがまためちゃくちゃ美味しくて!これ以外にもここのマカロンは今まで食べた中で最高に美味しくて、もうドイツに帰ってもマカロンは食べられないや…と思いました。

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さて、このフージュールという街には一応「観光地」があります。それがこのお城。中世のお城なんですが、今では全くの廃墟になっているようです。

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もうちょっと色々見たかったけれど、雨も降ってきたことだし、今日はこれでホテルに帰ることにしました。

明日はいよいよこの旅の最大の目的、ノルマンディー上陸作戦の舞台を見に行きます。

ドイツから陸路で行くノルマンディー紀行~モンサンミッシェル編~

モンサンミッシェルと言えば、100年戦争の時のイメージで「中世の海上要塞」だと思っていたんですが、実際見てみると、というか正しくは「登ってみると」、海上要塞というよりは「天空の城」です。こんなに高いとは思ってませんでした。

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では、モンサンミッシェル編、写真中心に行ってみたいと思います。
モンサンミッシェルに行くには、定期的に発着している専用のバスまたは徒歩で干潟に掛かる1,5キロ程の専門の橋を渡らなければなりません。下の写真、画面左下に見えるのがその橋です。

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実はわたしたち、この橋が自家用車禁止だということを知らず、グスタフも一緒に車で悠々とこの橋を最後まで渡り切ってしまいました。フロントガラス一面にモンサンミッシェルの雄姿が映し出された瞬間、膝の上に乗っていたグスタフが目を見張って身を乗り出しました。まるで「西洋の驚異」に心底驚嘆しているかのように、グスタフはしばらくフロントガラスに顔を近づけて目の前の景色に見入っていました。それを見て、連れてきてよかった!と感じました。

…が、モンサンミッシェル入口に着いた途端、係官が飛んできて、フランス語と身振り手振りで「自家用車ダメだから戻って戻って!」と言われ、引き返す羽目に。結局ホテルからモンサンミッシェルまで歩きましたが、海から常に休みなく強風が吹き続け、写真でもわかるかもしれませんが、雨こそ降っていないものの天気はかなり悪く、気温も10度前後と低く、その状況か1,5キロ延々と歩くのは結構きつかったです。

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さて、入口に到着です。
下の写真は城門の中のお土産屋さんやカフェ・レストランが立ち並ぶ街並みですが、この時点ではまだかなり空いています。

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クリスのフランス人の同僚が「モンサンミッシェルに行くなら絶対朝の早い時間がいいよ!昼からはどの季節でも関係なくものすごく混んで身動きできなくなるからね。」と教えてくれたのです。上の写真は朝九時ぐらい。…え?九時じゃ早朝とは言えない?休暇中のわたしたちにとっては十分早朝なのです!

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上り坂になっている土産物屋街をどんどん上ると、ほどなくして本堂に着きます…ってなんか日本の清水寺みたいですね。ホントそんな感じです。

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これに到達するまでまた結構階段を昇ります。

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最終的には目下の景色がこうなります。ここまでくるとまさにもう「天空の城」。因みにこの高さで、足元金網一枚だけで下丸見えの場所が床にあったりと、高所恐怖症の方にはかなり厳しい状況となっております。高所恐怖症のクリスは遠くからわたしの写真を撮るのが精一杯だったようです。

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さて、本来の用途である教会の内部はこんな感じです。食堂や集会場、小さなチャペルから様々な回廊と、中は本当に複雑で、それこそ映画「天空の城ラピュタ」のようです。

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内部の見学を終え、外に出ると、こんな近いところにカモメが!「逃げないで…」と思いながら近づいて写真を撮っていると、なんともう一羽寄ってきました。

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クリスがわたしとこのカモメたちの写真を撮っていたら、後ろから日本人のツアー客の方たちがやって来て、写真の順番を待っていらっしゃるようです。クリスが日本語で「どうぞ。」と言うと、かなり驚かれたようです。ちょうどわたしの両親よりもちょっと年上くらいのご夫婦のようです。クリスが日本語で「一緒に写真撮りたいですか?」と聞くと、驚きながらも笑顔で「お願いします」と言われました。クリスがご夫婦のカメラで何枚か、カモメと一緒の写真を撮ると、とても喜んで頂けました。「日本語本当にお上手ね」と言われ、クリスも大喜び。有名観光地はこんな風に日本人の方と出会える可能性が高いのがいいですね。

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さて、また徐々に石畳の階段を下っていきます。

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モンサンミッシェルに到着したのは9時頃でしたが、このこ頃には12時近くになっていて、かなり人混みが激しくなっていました。クリスのフランス人の同僚が言っていたように、ものすごい人で、気軽に立ち止まったり早足で歩いたりできない程の状態です。しかもイースターでテロを警戒しているのか、警察官まで出動しています。これは早く来ておいてよかった!

そしてこちらはおまけ。

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フランスは現在選挙戦真っただ中。街のいたるところにこのような選挙ポスターが溢れています。モンサンミッシェル内も例外ではありません。左から二番目が、今をときめく極右政党のマリーヌ・ルペンさんです。

さて、この次はお昼ご飯を食べがてら、グスタフも一緒にブルターニュ地方の漁村、サン・マローに行きます。
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クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)

Author:クレマチ店主(母)/アコ(娘)+クリス(娘婿)
はじめまして!
アンティークショップ「クレマチス」(http://antique-clematis.sakura.ne.jp)店主の娘、アコです。

日本の古いものは大切に、でも、新しいもの・異質なものも寛容に受け入れる…そんな母の元、小さいころから日本舞踊を習い、現「クレマチス」店舗である祖母の古い日本家屋で、着物や日本の古いものにたくさん触れる一方、ピアノや外国語を習わせてもらったり、父の趣味であるクラッシック音楽や西洋美術を身近に触れる日々を送ってきました。

そんな両親の教育が功を奏し…いや、仇となり(?)、実生活にはあまり役に立たない比較文化分野で大学に居残り、これまたあまり役に立たないドイツ語だけペラペラに。おまけに語学を通して若くてイケメンな(笑)ドイツ人の夫と出会ってしまい、海外に嫁ぐという親不孝っぷり。

そんな娘を、ずっと温かく見守ってくれていた母。そんな母が、「古いものを大切にする喜びを、少しでも多くの人と分かち合いたい」という純粋な気持ちで、亡き祖母の家で始めた小さなアンティークショップ。元々、ずっと苦楽を共にした姑である祖母の家を、大好きなアンティークに囲まれた素敵な空間にしたい…という素朴な思いから始めたこのお店が、あれよあれよという間にいろいろなご縁を引き寄せて、母はいつの間にか、昔夢見たアンティークショップの店主になってました。

「古き良きものに洋の東西はない。和と洋は、互いを引き立て合う良きパートナーになれる!」…母が「クレマチス」で体現している価値観は、わたしたち夫婦のモットーでもあります。

このブログでは、そんな母と二人三脚で、「クレマチス」のお店の情報と併せてドイツの生活・風物について少しずつ紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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